【行き方】首都圏〜東武日光駅
鉄道における日光の玄関口は「東武日光駅」なので、首都圏から向かう場合は「東武鉄道」の利用が便利!(JR日光駅もありますが、交通の便があまり良くありません。)
特急列車が浅草駅から1時間に1、2本出ており、列車によって停車駅は少し異なりますが以下の駅がベースになるので、いずれかの駅で列車に乗ればそのまま日光へ直行です。
始発:浅草駅
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とうきょうスカイツリー駅
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北千住駅(東京)
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春日部駅(埼玉)
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終点:東武日光駅
日光は世界遺産に登録される「日光の社寺」の他に、中禅寺湖〜奥日光にかけて広がる豊かな自然も見どころ。
日光周辺を走る「東武バス」は観光名所を網羅しており、東武日光駅(厳密にはJR日光駅)から出発、日光の社寺・いろは坂・中禅寺湖を経由して奥日光まで巡回しています。
日光の社寺(の大半)は東武日光駅から徒歩圏内ですが、中禅寺湖や奥日光までは距離があり運賃もそれなりにするので、この辺りまで足を伸ばすのであればフリーパスの利用がお得!
デジタルフリーパス(NIKKO MaaS)
→東武鉄道が販売するスマホ用のフリーパス
(鉄道の往復乗車券+バスのセットもあり ※鉄道の特急券は別途支払い要)
【世界遺産】日光の社寺
日光という地名の由来は、この地にそびえる男体山(2,486m)の古称である二荒山(ふたらさん)の ”ふたら” を ”にこう” と音読みして、「日光」という文字をあてたとされています。
山に囲まれた日光は、実は名前に似合わず ”晴れが少ない地域” でもあるので、晴れ間を願って日光と名付けられた説もあるとか。
豊かな自然や温泉はもちろんですが、日光に来たら外せないのは国宝や重要文化財を有する世界遺産の神社や寺院。
その中には ”パワースポット” も存在するので、歴史ある社寺を参拝してご利益にあずかり、かつパワーももらえる神秘的な場所なのです。
正式名称:日光の社寺
登録年 :1999年
遺産種別:文化遺産
社寺(神社と寺院)の違いとは?
初詣や墓参りなどで訪れることは度々あっても、意外と知らない神社と寺院の違い。
どちらも宗教施設である点は同じですが、信仰する宗教が大きく違います。
寺院について
信仰 | 仏教(インド発祥の宗教) |
開祖 教義 | 釈迦(ブッダ) 輪廻からの解脱を目的として修行を行う |
信仰対象 | 悟りを開いた「仏」 (寺院には仏像が置かれ、その姿を見れる場合が多い) |
建設特徴 | 入口に「山門」(世俗の世界と仏道の世界の境界)がある 門には「仁王像」を置く場合もあり、守衛的な役割 |
参拝方法 | 1. 本尊(仏像)の前に立ち、お賽銭を入れる 2. 拍手はせず、静かに手を合わせて(合掌)祈る 3. 深くお辞儀 |
願い事 | 現世での御利益、死後の極楽浄土 |
神社について
信仰 | 神道(日本古来の宗教) |
開祖 教義 | なし |
信仰対象 | 八百万の神 ※ (神社には神様が祀られるが、その姿は見れない) |
建設特徴 | 入口に「鳥居」(人間の住む世俗と神域の境界)がある 境内には「狛犬」が置かれており、守衛的な役割 |
参拝方法 | 1. 拝殿の前に立ち、お賽銭を入れ、鈴を鳴らす 2.「二拝二拍手一拝」を行う (深いお辞儀を2回、拍手を2回、もう一度お辞儀) 3. 願い事があれば、再び手を合わせて祈る |
願い事 | 現世での御利益、神への感謝 |
八百万(やおよろず)の神とは?
→「極めて多くの神々」という意味
(古くから日本では森羅万象(宇宙に存在するすべてのもの)に魂が宿ると信じられ、それらの様々な神を信仰の対象としているため、このような表現が使われる)
②日光山輪王寺
ご利益:厄除け・縁結び・開運
奈良時代(766年)に勝道上人(しょうどうしょうにん)によって開山された日光山。
日光山は現在、輪王寺の「山号(さんごう)」ですが、その昔は東照宮・輪王寺・二荒山神社を総称して「日光山」と呼びました。
現代の感覚では、神社や寺院を「〇〇山」と呼ぶのは不思議に感じますが、これは山を神聖視して信仰する山岳信仰によるもの。
ただ、明治維新の一環として行われた神仏分離令(1868年)によって、神道と仏教、神と仏、神社と寺院は明確な区別が必要となったため、東照宮・輪王寺・二荒山神社は ”二社一寺” と呼ばれるようになりました。
この歴史が(東照宮内の薬師堂など)輪王寺に属するはずの建物が1ヶ所にまとまっていない理由です。
施設情報
時間:8:00〜17:00(4月~10月)
8:00〜16:00(11月~3月)
料金:900/大人(三仏堂+大猷院)
500/大人(三仏堂+宝物殿)
1,000/大人(三仏堂+大猷院+宝物殿)
本堂(三仏堂) 重要文化財
東日本最大の木造建築とされる「三仏堂(さんぶつどう)」は輪王寺の本堂。
その見どころは ”日光三山の本地仏” として祀られる3体の本尊です。
日光三山 | 本尊 | 詳細 |
男体山 | 千手観音菩薩 | ”千の手で人々を救う” 仏 ・実は手の数は42本(千手観音そのものの2本とその後ろに40本) 40本がそれぞれ25の願いを叶えるため、40×25=1,000となる |
女峰山 | 阿弥陀如来 | ”命あるものすべてを救い、極楽浄土へ導く” 仏 ・「南無阿弥陀仏」の念仏を唱えると、極楽浄土に導いてくれる |
太郎山 | 馬頭観音菩薩 | ”怒りの形相で悪を粉砕する” 仏 ・その形相から「馬頭明王」とも呼ばれるが、明王ではなく菩薩 ・動物の守護仏でもある |
本地仏(ほんじぶつ)とは?
→この世の神は人間を救おうとする仏や菩薩が様々な姿で現れた化身である(本地垂迹説)とし、その根本である仏や菩薩のこと
本尊とは?
→寺院や仏堂に最も大切な信仰の対象として安置される仏や菩薩像など
如来とは?
→悟りを開いたもので、仏の最高位。
菩薩とは?
→いずれ如来になるべく悟りを求めて修行中で、現世の人々を救う仏。
明王とは?
→仏教の教えに従わない者たちを忿怒(怒り)の形相で教化する仏。
そして、2022年2月4日〜2023年2月3日は「鎮将夜叉尊(ちんじょうやしゃそん)」の開帳期間。
鎮将夜叉には世の混乱や災いを吉祥に転じる御利益があるため、9年に一度、災いの多いとされる年「五黄中宮(ごおうちゅうぐう)」にのみ一般公開され、普段は見ることのできない秘仏。
約5cmの小さな像で、目を凝らしてみるほどに大きなショーケースに収まっています。
②-1_輪王寺 大猷院
大猷院(たいゆういん)は、徳川家3代将軍 家光を祀る廟所(墓所)。
「深く尊敬していた祖父 家康に死後も仕える」との遺言から、4代将軍 家綱によって家康を祀る東照宮の側に建てられました。
東照宮を凌いではいけないと、規模や華やかさは少し控えめでかつ東照宮の方角を向くように設計されています。
仁王門 重要文化財
「仁王門(におうもん)」には、2体の仁王像(金剛力士像)が設置されています。
”口を開けた” 阿形(あぎょう)と、”口を閉じた” 吽形(うんぎょう)の像。
この一対とするのが原則なので寺院や神社ではよく見られ、「息がぴったりと合う」ことに使われる ”阿吽の呼吸” はここから来ているとされています。
金剛力士とは?
→仏の守護神である天のひとつ。寺院の門に置かれる場合は、「仁王」と呼ばれる。
天とは?
→仏の守護神。如来や菩薩の領域と人間との中間に位置する存在。
二天門 重要文化財
「二天門(にてんもん)」の名前の由来は、持国天と増長天の ”二天” を祀っているから。
門の裏側には、”風袋から風を吹き出して風雨をもたらす” 風神と、”太鼓を鳴らして雷鳴と稲妻を起こす” 雷神の像が置かれていますが、実はこれらは元々、東照宮の陽明門にあったもの。
神仏分離令(1868年)によって東照宮は「神社」に分類されたため、仏教を信仰対象とする輪王寺の敷地内へ遷されました。
仏教では、風神・雷神の2つの神は一対となって登場します。
夜叉門 重要文化財
家光を祀る霊廟を守る4体の像が配置された「夜叉門(やしゃもん)」
その4体とは、阿跋摩羅(あばつまら)・毘陀羅(びだら)・烏摩勒伽(うまろきゃ)・犍陀羅(けんだら)の ”四夜叉” で、赤・緑・青・白とそれぞれ異なる色をしているのが特徴。
また、門には多くのボタンの彫刻があることから、別名「牡丹門」と呼ばれます。
皇嘉門 重要文化財
別名 ”竜宮門” とも呼ばれる「皇嘉門(こうかもん)」は、他の門とは明らかに雰囲気が異なる造り。
漆喰塗りとアーチ型の通路が特徴的な ”竜宮造り” で建てられており、まさにおとぎ話に登場する竜宮城の世界観。
門の先にある奥院が家光の眠る廟所(墓所)ですが、東照宮とは異なり一般公開はされていません。
③日光二荒山神社
ご利益:縁結び・開運・家内安全・商売繁盛
輪王寺には日光三山の本地仏(本尊)が祀られていますが、神道を信仰する二荒山神社に祀られるのは日本神話に登場する3つの神。
これらの神々は併せて ”二荒山大神(ふたらやまのおおかみ)” と呼ばれ、主祭神として扱われます。
ちなみに、二荒山神社において日光三山は ”神体(山)” 。その中のひとつである「男体山」の古称は二荒山で、”日光” の名前の由来になったことでも知られています。
日光三山 神体山 | 祭神 | 詳細 |
男体山 | 大己貴命 別名:大国主命 | 読み:おおなむちのみこと 「因幡の白兎」の神話で知られる神様 |
女峰山 | 田心姫命 | 読み:たごりひめのみこと 宗像三女神(天照大神と須佐之男命の誓約で生まれた女神)の一柱 |
太郎山 | 味耜高彦根命 | 読み:あじすきたかひこねのみこと 大己貴命と田心姫命の子 |
神体山(しんたいさん)とは?
→神が宿るとされる山岳信仰(山を神聖視して信仰すること)の山
因幡の白兎(いなばのしろうさぎ)とは?
→毛皮を剥がされて苦しんでいた白兎を大国主命が救い、その恩返しとして大国主命と因幡の国の美しい神「八上姫(やがみひめ)」の ”本来は叶うはずのない” 縁を取り持った話
施設情報
時間:8:00〜17:00(4月~10月)
9:00〜16:00(11月~3月)
料金:300/大人(神苑)
300/大人(神橋)
上新道 パワースポット
強力なパワースポット③「上新道(うわしんみち)」
上新道とは、東照宮から二荒山神社へと続く参道。
東照宮のみならず、二荒山神社もまたパワースポットとして知られており、この2つを繋ぐ参道には強力なパワーが集まるそう。
また、東照宮に流れる ”気” は上新道を通って二荒山神社へ流れると考えられているので、東照宮を参拝してから二荒山神社へ向かうのがおすすめと言われています。
楼門〜東鳥居
大鳥居 重要文化財
渡殿&開運うさぎ
2022年9月に新たに設置された金箔の「開運うさぎ」
日光山を開山した勝道上人(しょうどうしょうにん)が男体山の登頂に成功して「二荒山大神を祀ってから1240年の記念」に制作されたもの。
二荒山大神のひとつである「大己貴命(大国主命)」が救った ”因幡の白兎” をモチーフにしており、うさぎが手に持つのは ”幸運や成功をもたらす” とされるラピスラズリの鉱石。
良い縁 狛犬
御神木
二荒霊泉
本殿の裏手の恒霊山から湧く ”薬師の霊泉” と、二荒山神社の別宮である滝尾神社に湧く ”酒の泉” が合わさった「二荒霊泉(ふたられいせん)」
泉の水を飲むと「眼病が治り、若返る」と伝えられており、また銘酒ができるとの言い伝えから酒造りにも利用されます。
ちなみにここで水を飲むのは自由ですが、持ち帰るには隣接するカフェ「あづまや」でペットボトルを購入する必要あり。
日光連山遥拝所
日光連山八峰(男体山奥宮・女峰山神社・太郎山神社・奥白根山神社・前白根山神社・大真名子山神社・小真名子山神社・赤薙山神社)の遥拝所。
遥拝(ようはい)とは「遠く離れた場所から神仏などを拝むこと」で、そのために設けられた場所を遥拝所と呼びます。
実は、二荒山神社の神域(境内)は桁違いに広大で、日光連山八峰・いろは坂・華厳ノ滝なども含まれており、面積=約3,400ha(東京ドーム700個以上)!
広域に点在する日光連山八峰の神仏をこの遥拝所から拝むことができるのです。
七福神
七福神とは、恵比寿・大黒天・毘沙門天・弁財天・布袋・福禄寿・寿老人の7つの神様。
その中の大黒天(大国様)は、ヒンドゥー教の神様「シヴァ」の化身のひとつである「マハーカーラ」と、二荒山神社にも祀られる「大国主命」を習合した神様のこと。
ヒンドゥー教ではシヴァは ”破壊神” として知られており、世界を破壊する時に現れるのが恐ろしい形相で黒い姿をしたマハーカーラ。
これが大黒天のルーツですが、その後に大国主命の要素を加えたことで今日の優しげな姿へ変わっていったそう。
③-1_二荒山神社 神橋 重要文化財
神橋(しんきょう)は ”日光の社寺の玄関口” にあり、華厳ノ滝から流れる大谷川(だいやがわ)に架かる橋。
緑の木々を背景に朱塗りが映える木造の橋で、”日本三大奇橋のひとつ” としても知られています。ちなみに橋の上を渡ることはできますが、通り抜けはできません。
766年に勝道上人(しょうどうしょうにん)が日光山を開山する前、川の急流に行く手を阻まれて祈りをささげると「2匹の蛇が現れて橋に変化した」という伝説から別名 ”蛇橋” と呼ばれます。
本社から少し離れた位置にありますが、ここも二荒山神社の神域です。
③-2_二荒山神社 中宮祠
日光の景勝地のひとつである中禅寺湖。
その畔(ほとり)に建つ「中宮祠(ちゅうぐうし)」は、東照宮の隣にある「本社」から約20kmも離れた男体山の麓に位置します。
その理由は、男体山の山頂(2,486 m)に二荒山神社の「奥宮」があるから。中宮祠は本社と奥宮の中間にあたる場所に建てられています。
銅製鳥居〜拝殿 重要文化財
男体山登拝口
766年に日光山を開山した勝道上人(しょうどうしょうにん)は、767年から男体山の登頂を試み、782年に晴れて成功!そして山頂に「奥宮」を建設しました。
奥宮は実際に参拝することができ、登山道の入口は中宮祠の境内にあります。
登山期間は4月25日〜11月11日まで(冬季は閉山)、登拝料(1,000円)を納める必要あり。7時間ほどで初心者でも比較的登りやすい山とされていますが、登山に適した服装と装備は必須。
山頂からは日光の景勝地である中禅寺湖や戦場ヶ原を一望できます。
番外編:戦場ヶ原
中禅寺湖を抜けた先にある奥日光中心部の湿原「戦場ヶ原(せんじょうがはら)」
戦場ヶ原の名前は、”中禅寺湖を巡る「男体山」と「赤城山」の神々の争い” が由来。
男体山の神は大蛇(オロチ)に、赤城山の神は百足(ムカデ)に化身して戦った舞台がこの地であったことから、”戦場ヶ原” と呼ばれるようになりました。
もちろんこれは神話上の話。実際は、太古昔にこの地に存在した湖(湯川がせき止められてできた湖)が男体山の噴火によって湿原化したもので、一部はラムサール条約に登録されています。
雲で山頂が隠れていますが、正面右に見えるのが男体山。(頂上には二荒山神社の奥宮があります。)
戦場ヶ原には、湿原を囲むように自然研究路(ハイキングコース)が整備されており、平坦な道なので気軽にハイキングしながら四季折々の景色を楽しめます。
メジャーなハイキングコースは「赤沼〜湯滝」で、所要時間=約2時間。
どちらも付近にバス停があるので、東武日光駅からバスで向かい、ハイキングをして、またバスで戻ることも可能。
また、赤沼~湯滝の間の「三本松」バス停付近にある「戦場ヶ原展望台」からは、ハイキングをせずに戦場ヶ原の景色を楽しめます。
ハイキングコースの終点(もしくは起点)である湯滝は、「水しぶきが湯気のように見える」ことからこの名が付いたそう。
”奥日光三名瀑のひとつ” として知られる滝で、竜頭ノ滝・華厳ノ滝へと繋がる川の上流にあります。
湯滝(奥日光三名瀑)
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湯川
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竜頭ノ滝(奥日光三名瀑)
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湯川
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中禅寺湖
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大谷川
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華厳ノ滝(奥日光三名瀑)
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大谷川
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神橋(世界遺産)
湯滝から流れる「湯川」には、マス釣りを楽しむ人がちらほら。
実はこの一帯は「フライフィッシング」と呼ばれるイギリス発祥の釣りが日本に初めてもたらされた場所で、”フライフィッシングの聖地” として有名な場所。