【ムンバイ】旅の終わりはインド最大の商業都市!ヒンドゥー教の祭り「ホーリー」を祝う_#102

 

【移動】アウランガーバード → ムンバイ

アウランガーバード(Aurangabad)
 A Square Executive(宿泊先)

  ↓  Uber(約10分/R60)

 9:35発
 アウランガーバード駅(AWB)

  ↓  列車(7時間)  Map参照↓
     ・運賃:Rs800(CCクラス)

ムンバイ(Mumbai)
 16:50着
 チャトラパティ・シバジ・マハラジ・ターミナス駅(CSMT)

  ↓  徒歩(約5分)

 A K FORT INN(宿泊先)


NOTE
・列車は「IRCTC」にて予約
・宿泊先は「Booking.com」にて予約

ムンバイの気候は?

気候の詳細をチェック

<今回の旅(2025年3月)時点では...>
蒸し暑いので1日中TシャツでOK。これでもまだ気温は低く雨も少ないので観光には良い時期。

<3月のムンバイ>
  平均最高気温:32℃
  平均最低気温:23℃
  降水量:ほぼ0mm

<3月の東京>
  平均最高気温:13℃
  平均最低気温:6℃
  降水量:約100mm

ムンバイ

マハラシュトラ州(Maharashtra)に位置するムンバイは、アラビア海に面する港湾都市として古くから発展した街。ポルトガル語で良港(ボンバイア)を意味するボンベイと呼ばれていましたが、1996年に現地の言葉(マラーティー語)に改称されました。

イギリスからの独立運動が盛んに行われた街で、インド独立の父「マハトマ・ガンディー」も頻繁に訪れたことで知られます。

現在は、国内外の大企業が集まるインド最大の商業都市として高層ビルが並び、インド映画産業の中心地として年間900本以上の ”ボリウッド(Boliwood)” 映画が制作されるなど活気に溢れる一方で、世界最大級のスラムも存在し、貧富の差を象徴する街でもあります。

そんなムンバイには観光客にも使い勝手の良い鉄道が走っており、Uberでタクシーも利用可能。観光に関してはどこへ行くにも不自由はありません。

大きな都市では鉄道やメトロを利用して大方の移動は行えるため、後はちょっとした移動の際に、運賃が安くて小回りも効くトゥクトゥクが重宝されますが、実はムンバイ中心部では乗り入れが禁止されています。

そのため、ムンバイにおいては黄色と黒のコンパクトカーがトゥクトゥクの代わりのようなもの。AC(エアコン)はありませんが、通常のタクシーよりリーズナブルに乗車できます。

【世界遺産】CST駅

世界遺産情報

名称:チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅
登録:2004年
種別:文化遺産
URL:世界遺産リスト

かつて、ヴィクトリア・ターミナスと呼ばれたチャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅(CST駅)は、ムンバイ発着の通勤列車や長距離列車の拠点として、1日に300万人以上が利用するインドで最も有名な鉄道駅。

イギリス統治時代の記念事業として建設が始まり、1887年に完成。この年はヴィクトリア女王の即位50周年にあたることからインドでも祝典が行われ、完成した駅はヴィクトリア・ターミナスと命名されました。

イギリス統治時代の代表作とされる駅舎には、印象的な高いドーム、繊細な彫刻やステンドグラスが施されて芸術作品のようなゴシック様式。

ちなみに、1日300万人の利用者数は世界一の人口を誇る国ならではの数字かと思いきや、実は日本の新宿駅の乗降客数は350万人に上ります。JR以外にも私鉄や地下鉄も合わせたものではありますが、世界一としてギネス記録も持っているそう。

ダッバーワーラーの弁当配達サービス

ダッバーワーラー(Dabba wala)=弁当を配達する人を意味し、業者ではなく家庭で作った弁当を職場に届けるというもので、1890年代に始まって以来、100年以上も続くムンバイの弁当配達サービス。

このようなサービスが生まれた背景は、イギリス統治時代に英企業で働いていたインド人の多くが職場で提供される英式料理が嗜好に合わない、もしくは宗教的に食べられなかったこと。また、下位のカースト層が作る料理を食べることにも抵抗があり、インド料理を提供することも難しかったからだそう。

配達の仕組みはシンプルで、各家庭から弁当を回収し、記号などで仕分け、鉄道や自転車を使って昼食前に職場へ届けるというもの。また、食後は弁当箱を回収して夕方までに各家庭へ返却します。

ダッバーワーラーの仕事はおもに5チームに分けられており、チームをリレーしながら配達します。(配達先が近辺の場合は、家庭から回収してそのまま個別に配達)

①家庭から弁当を回収 → 最寄駅へ
②駅で弁当を配達先別に仕分け
③弁当を列車に乗せる → 配達先の最寄駅で降ろす
④駅で弁当を受取 → 配達先別に仕分け
⑤職場に配達

そして午後には、逆の方法で弁当箱を各家庭に戻して1日の仕事が完了。

ムンバイでは、約5,000人のダッバーワーラーが1日に約20万食を配達していますが、デジタルシステムは使わずに記号・数字・色などの簡易コードのみの運営にも関わらず、誤配達は約600万回に1度。その驚異的な正確さから国際的にも称賛されています。

昼下がりのムンバイで偶然見かけたダッバーワーラーと弁当箱たち。空の弁当箱を家庭に戻す途中でしょうか。

2013年公開のダッバーワーラーを題材にした映画「めぐり逢わせのお弁当(The Lunchbox)」は、誤配達された弁当によって男女がめぐり逢う物語。約600万回に1度のエラーとロマンスを融合させたストーリーが興味深く、列車での通勤風景などムンバイならではの生活も垣間見れるおすすめの映画です。

インド門

インドにはニューデリーとムンバイにインド門が存在し、ニューデリーのものは第1次世界大戦で戦死したインド軍人へ捧げられた慰霊碑で、ムンバイのものはイギリス国王の訪問を記念して建てられた門。

ムンバイ湾に面する埠頭に置かれたインド門は、1911年にイギリス国王「ジョージ5世」の訪問を記念して建設が決まり、1924年に完成しました。

その後はイギリスの支配者たちがインド到着の際に公式な玄関口として使用しましたが、1948年にインドが独立を果たすとイギリス軍が撤退する際にもこの門を通って船に乗り込んだことから ”植民地時代の終わりと独立の象徴” とされています。

そんなインド門は絶賛メンテナンス中でした。

タージマハル・パレス

インド門のすぐ隣に佇むのは、宮殿のような赤いドーム屋根のラグジュアリーホテル。ホテルの名称はタージマハル・パレスですが、 ”タージマハル・ホテル” という呼び名が世間には浸透しています。

インドの実業家「ジャムシェトジー・タタ」によって1903年に開業されたホテルで、建設のきっかけとなったのはイギリス植民地時代にタタが経験した差別。インド人であることを理由に欧米式の高級ホテルへの入館を拒否されたことに対する抗議の意味を込め、より豪華なホテルを建設したそうです。

彼はゾロアスター教(拝火教)を信仰するインドの宗教的少数派パールシー(Parsi)として知られています。

パールシー=ペルシャ(現イラン)から来た人という意味で、イスラム勢力の迫害から逃れるため8~10世紀頃に移住してきた人々。現在は、ムンバイやグジャラート州(Gujarat)にその多くが暮らしており、少数派ながらも高い教育水準と倫理観でインド経済においても存在感を示し、政治的な影響力を持つ人も多くいます。

マリン・ドライブ

マリン・ドライブはアラビア海に沈む夕日を眺める有名スポット。

バック湾に面する道路に遊歩道が整備されており、夕暮れ時にはサンセットを目当てに地元の人や観光客で賑わいます。夜になると弓を描くように湾曲した海岸線沿いに街灯が灯り、光り輝く光景から ”クイーンズ・ネックレス” と呼ばれているそう。

ゆっくりと散歩しながら涼しい海風に吹かれたいところでしたが、3月のムンバイは夕方になっても蒸し暑い!

マニ・バワン

静かな住宅街に佇む一軒の邸宅マニ・バワンは、インド独立の父「マハトマ・ガンディー」の思想と人生を伝える記念館。

ガンディーがムンバイを訪問する際に滞在した場所であり、数々の重要な政治会議が開かれ、また、非暴力・不服従運動の拠点でもありました。

ガンディーは第1次世界大戦後に非暴力・不服従を掲げた反英闘争を開始し、国民会議派を率いてイギリスからの独立運動を展開。激しい弾圧を受けて何度も投獄されながら第2次世界大戦後(1947年)に独立を実現させましたが、その翌年にはヒンドゥー教徒過激派の青年に暗殺されてしまいます。

ガンディーが生活した部屋

独立運動以外にも、貧困の緩和、女性の権利拡大、宗教間や人種間の融和、不当なカースト制度の廃止などを提唱する全国的な運動も主導しました。

マハトマ・ガンディーの本名は「モーハンダース・カラムチャンド・ガンディー(Mohandas Karamchand Gandhi)」であり、 ”偉大な魂” を意味するマハートマ(Mahātmā)は彼が残した多くの功績を讃えるための尊称なのです。

アメリカの人種差別撤廃に尽力した「マーティン・ルーサー・キング・ジュニア」や、南アフリカのアパルトヘイト(人種差別政策)撤廃を実現した「ネルソン・マンデラ」からも敬拝され、彼らはガンディーの非暴力・不服従の精神をお手本にしたと明言しています。

Infomation

入場料(2025年3月)
  Rs20(cash)  

Webサイト/マニ・バワン(英語)

How to get there

A K FORT INN(宿泊先)
  ↓  徒歩(約20分)
 Churchgate
  ↓  列車(約10分)
 Grant Road
  ↓  徒歩(約10分)
マニ・バワン

ドービー・ガート

ドービー・ガートとは、ムンバイで100年以上の歴史を持つ屋外洗濯場。Mahalaxmi駅の上に架かる陸橋からその広大な敷地を見渡せ、ロープに吊るされた無数の洗濯物が風になびく光景が広がっています。

700以上のコンクリートの洗濯槽(ガート)が並ぶ敷地内では、5,000人以上のドービーが働いています。汚れたものを洗う仕事を担う ”洗濯屋のジャーティ” であるドービーは、カースト制の外に位置付けられるダリット(不可触民)にあたります。

おもにムンバイのホテルや病院などから依頼されるリネンを洗濯しており、集荷に始まり、洗濯槽を使用して叩き洗い、すすぎ、絞り、乾燥、アイロンがけ、配達までを行います。一般家庭からの依頼もあるものの、近年では洗濯機の普及によって仕事の減少が懸念されているそう。

雨季(6〜9月頃)には、屋根代わりにブルーシートを張ったりアイロンで乾燥させたりと工夫するそうで、青空の下、カラフルな洗濯物が波打つ光景を見るのであれば、乾季(11〜2月頃)に訪れる必要があります。

How to get there

A K FORT INN(宿泊先)
  ↓  徒歩(約20分)
 Churchgate
  ↓  列車(約15分)
 Mahalaxmi
  ↓  徒歩すぐ
ドービー・ガート

ダラヴィ・スラム

2008年公開の映画「スラムドッグ$ミリオネア」の舞台としても有名なダラヴィは ”世界最大級のスラム街” であり、建物がひしめき合う約2.5㎢の地区に約100万人が暮らしています。

ちなみに、日本で最も人口密度の高い地域は東京都豊島区で、約13㎢に約30万人。タワーマンションなどもあるので一概には比較できませんが、いずれにしてもダラヴィの人口密度の高さは一目瞭然。

実際に街を訪れてみると、インフラが整備されておらず、ゴミで溢れた狭い路地は不衛生。一見、経済やサービスが破綻している通常のスラムと変わらない印象を受けますが、ダラヴィの経済活動は非常に活発でその取引額は年間で数10億ドルにも上ります。

おもな産業は陶器・革・繊維製品などの製造業。約7,200もの小規模事業が形成されており、住民の多くはこれらの製造業に就いて比較的安定した収入を得ています。

沼地だったこの土地には元々、漁業を行う先住民(コリ族)が暮らしており、イギリス植民地時代の19世紀後半頃から多くの労働者が移り住んでダラヴィが形成されていきました。

西インド(グジャラート州)のクムハール(陶器職人のジャーティ)が村を作り、南インドのタミル人が革なめしの作業場を開き、北インド(ウッタル・プラデーシュ州)からの人々が繊維産業を始めました。

また、ダラヴィが栄えると同時に、廃棄物も溜まるようになったことで徐々にリサイクル産業が根付き、エネルギーコストや材料調達コストが低減された結果、高い収益を生み出せています。

ムンバイで発生するプラスチックの約80%はダラヴィでリサイクルされています。いずれも10畳前後の狭い空間で、3~5人で作業を行う以下のような小規模事業が互いに支え合ってリサイクル産業を担っており、無駄のない経済モデルも特徴です。

・回収したプラスチックの運搬
・選別
・洗浄
・粉砕
・ペレット化(一定の形状に加工)
・粉砕機の修理
・粉砕機(刃)の製造
・粉砕機(刃)の研磨
・リサイクルに従事する人向けの食堂

プラスチックの選別作業場

多くの雇用機会も生み出すリサイクル産業。

生計を立てるためにゴミを漁るラグピッカーと呼ばれる人はムンバイに約25万人いるとされ、彼らは廃棄物処理場や市街地から資源(ガラス、金属、プラスチック、紙など)を回収し、ダラヴィ内のリサイクルユニットへ売却することで収入を得ています。

廃棄物から収入を得ることに加えて環境にも貢献しており、開発途上国には少ないサステナブルなビジネスモデル。 ”ダラヴィ・リサイクル・ミラクル” と呼ばれ、スラムの労働者に誇りさえ持たせているのです。

現地ウォーキングツアーに参加

スラム街はたとえ興味深くとも気軽に足を踏み入れられる場所ではありませんが、ダラヴィでは旅行代理店などを通したツアーが催行されており、観光客であっても街を見学することができます。

今回はTripadviserで「ムンバイのダラヴィ・スラムツアー」を予約。ツアー料金は2,000円程度で、最寄りのMahim駅前のカフェに集合し、ダラヴィ出身のガイドとともに5〜6人のグループで約2時間かけてダラヴィを歩きます。

ダラヴィはコマーシャルエリアとレジデンスエリアに分かれており、小規模事業の作業場などを見学するコマーシャルエリアでは撮影も自由ですが、プライベートなレジデンスエリアは基本的に撮影不可。

一般的なスラムに比べてダラヴィの治安は安定しているため、個人的に訪れることも不可能ではないものの、こうした暗黙のルールを知らないとトラブルになり得ます。実際に訪れても拍子抜けするほど危険な雰囲気はないですが、それでもここはスラム街。特に女子ひとりで訪れるのは避けるに越したことはありません。

コマーシャルエリア
繊維製品の作業場
革なめしの作業場
革製品の販売店(Dharavi Products
陶器製品の作業場
廃油石鹸の作業場(ステンレス製食器等を洗うための石鹸)

今回のツアーガイドはダラヴィ出身かつ在住の20代女性。彼女は高校生くらいまでダラヴィから出たことがなかったそうで、それほどここには必要なものが揃っているといいます。

何よりダラヴィには仕事があり、これは人々にとって幸せなこと。より良い生活を求める気持ちはありつつも、まずは収入があり家族を養える今の環境をありがたく感じているそうです。

ただ、街を取り巻く環境は劣悪そのもの。ゴミが散乱する路地を裸足で駆け回る子どもたちを目の当たりにして、彼らにはどんな未来が待っているのだろうかと考えさせられた今日この頃。

スラムの子どもたちの教育不足はよく知られており、教育を受けてもそれを活かせる仕事がないため、親も教育は不要とみなして子どもを労働に従事させることが多く、貧困から中々抜け出せない現実があります。

また、職業選択の機会を奪うカースト制も格差社会の原因で、わずか約10%の富裕層が国全体の富の約80%を所持するほどに貧富の差が激しいインド。

平均年齢は28歳前後と日本より約20歳も若く、急速に経済成長していますが、その恩恵を受けるのはごく一部に過ぎず、貧困層はいまだ多く残されているのがインドの現状なのです。

How to get there

A K FORT INN(宿泊先)
  ↓  徒歩(約5分)
 CSMT
  ↓  列車(約30分)
 Mahim
  ↓  徒歩すぐ
ダラヴィ

ボリウッドのお膝元で映画鑑賞

自国映画が輸入映画のシェアより圧倒的に勝る国はアメリカとインドの2ヶ国のみ。年間制作本数に関してはアメリカを遥かに凌ぎ、世界一を誇る映画大国インド。

制作本数の多さは多言語国家であることが関係しており、北インドのヒンディー語を始め、南インドのタミル語やテルグ語など、広い国土で話されている20以上の言語で映画が制作されるためです。

1912年には初のサイレント(無声)映画が、1931年には初のトーキー(発声)映画が制作された街であるボンベイ(現ムンバイ)はインド映画制作の中心地であり、まさにインドのハリウッドであることから地名をもじって ”ボリウッド(Boliwood)” と呼ばれています。

そんなムンバイに来たからには、映画館に足を運んでインド映画を見てみたい!と言うことで、大小様々な映画館の中から選んだ「Metro INOX」は日本と比べても謙遜ないモダンな施設でした。

インド映画の特徴は、突如始まる歌とダンス。ハリウッド的にはミュージカル映画に該当しますが、インドではこれが一般的で逆に歌とダンスがない方が特殊な映画とみなされます。

そんなゴリゴリのインド映画を見たいと思いつつ、結局見たのは再上映中の「フォレスト・ガンプ」のボリウッドリメイク版。タイトルは「Laal Singh Chaddha」で、日本でも有名なインド映画「きっと、うまくいく」で主演を務めた俳優アーミル・カーンが、Laal Singh Chaddha(フォレスト・ガンプ役)を演じています。

ハリウッド版では、フォレスト・ガンプがバス停でバスを待つ人々に彼の半生を語るシーンを中心に物語が進みますが、ボリウッド版はバスではなく、長距離列車で乗り合わせた人々に語るシーンで構成されていて鉄道が身近なインドならでは。

また、有名なセリフ「人生はチョコレートの箱のようなもの。開けてみないと分からない。」が、チョコレートではなくインドのお菓子パーニープーリー(panipuri)になっていたり。

字幕なしの全編ヒンディー語でしたが、ハリウッド版で内容を知っていたので十分楽しめました。

インドの映画館を訪れて知ったのは、上映開始前に起立して国歌を流す時間が設けられること。

2016年に、愛国心の向上を目的として国内の全映画館で国歌の演奏と国旗の映像を流すことが義務化され、現在は義務ではなくなっているものの、継続している映画館が多いそうです。

郷に入れば郷に従え。インド人とともに起立してインド国歌を初めて聞いたインド旅の最終日。

それから、映画館は異常に寒いので要注意。エアコンの温度設定が低すぎてまるで冷蔵庫の中にいるような寒さなので、炎天下の日でも上着の持参はマストです。

春の訪れを祝う!ホーリー

ホーリー(Holi)とは春の訪れを祝うヒンドゥー教の祭りで、ヒンドゥー暦の第11月(太陽暦では3月)の満月の日から2日間に渡って開催されます。

1日目の日没後には、ホーリカー・ダハン(Holika Dahan)と呼ばれる火を焚いて悪を焼き払う儀式が行われ、2日目の午前中には、見知らぬ人々とカラーパウダーや色水を掛け合うラングワリ・ホーリー(Rangwali Holi)が行われます。

元々は豊作祈願だったものが悪魔払いの伝説などが混ざって現在の形になったそうで、ホーリーの象徴でもあるカラーパウダーを掛け合う風習はカシミール地方(Kashmir)の伝承。ホーリーの日に家に押し入る悪鬼を追い払うために泥や汚物を投げつけたのが始まりで、黄色は尿、赤は血、緑は自然を象徴するそうです。

ホーリーは無礼講!見知らぬ人とも「Happy Holi!」の声とともにパウダーや水を掛け合うため、街を歩く以上は文句を言うこともできません。

インド全土で開催される祭りですが、特に北インド(バラナシ、マトゥラーブリンダーバンプシュカルなど)が有名で、地域によっては1週間前から色掛け合戦が始まり、当日はさらに過激になることも。

無礼講を逆手に取ってカースト下位層が日頃の鬱憤を爆発させたり、またヒンドゥー教では好ましくないとされる飲酒もこの日だけはと解禁する人などもおり、見境のなくなった人から観光客が暴行を受けたり、セクハラを受けたりという事件も発生しています。

2025年3月13〜14日のホーリー期間中、私はインド旅の終着地であるムンバイにいました。

1ヶ月半の旅で実際にインド人から収集した情報によれば、ムンバイのホーリーは過激ではないとのこと。ちなみに、肝心のインド人はホーリーにあまり気乗りしておらず、当日は外に出ないという人が多かった印象です。

2日目(ラングワリ・ホーリー)の午前中は外に出てみたものの、滞在していたCST駅近くでは大々的にホーリーは行われておらず、路地に入ると子どもたちが水風船で遊んでいたり、どこかからか帰ってきたパウダーまみれの人を見かける程度。

過激でないことは確かですが、期待していたものとも違ったことに少々落胆しつつ、ホーリーは早々に諦め、鉄道に乗ってハッジ・アリー廟へ。Mumbai Central駅で降りて外に出ると、ホーリー中の現場に遭遇!至るところで色掛け合戦!これぞ期待したホーリー!

ムンバイでは仲間内でホーリーを楽しんでいるようなアットホームな雰囲気。

観光客にもそれなりに配慮があり、突然の奇襲型ではなく、近くを通り過ぎる際に目が合うと「Happy Holi!」の声とともに色を掛けるフレンドリー型で、地元の人も外国人がヒンドゥー文化を受け入れたことに対してなのか、嬉しそうにしていたのが印象的。

結果的に、ムンバイのホーリーは初心者にちょうど良い塩梅でした。

わんこもホーリー!

インドの魚料理「ボンベイダック」

ボンベイ(現ムンバイ)近海で採れることからその名が付いたボンベイダック(Bombay Duck)は身の柔らかい白身魚で、アヒルはまったく関係ありません。

フライにしたものがムンバイ名物で、ふわふわの身は淡白な味ではありますが、クセがなくて食べやすいのが特徴です。

フォート地区のパールシー料理店(Cafe Universal RESTAURANT &BAR)で食べたボンベイダック。ここは俗にイラニカフェ(Irani Cafe)でもあります。

パールシーもイラニも、ペルシャ(イラン)からインドに移住してきたゾロアスター教徒を指す言葉で、その移住時期によって区別されています。 

パールシー(Parsi)は、8~10世紀頃にイスラム勢力の迫害から逃れるために移住してきた人々で、1,000年近くインドで生活しており、インドの文化に同化しつつも独自のコミュニティを形成しています。

イラニ(Irani)は、19世紀後半〜20世紀初頭に経済的な理由などで移住してきた人々で、パールシーに比べてインドでの歴史は浅く、よりイランの文化を強く持つ傾向があります。 また、彼らが労働者向けの食堂や喫茶店としてイラニカフェを始めるようになりました。

とはいえ、現代では両者の区別はさほど明確でなくなっており、パールシー料理を提供するレストランがイラニカフェの看板を掲げることも多くあるそう。イラニカフェはムンバイ周辺地域に集中しており、他の町で見かけることは少ないため、ムンバイに来たら訪れてみることをおすすめします。

パールシーが創業した「Pallonji's」のラズベリーソーダ

【移動】ムンバイ → 羽田

ムンバイ(Mumbai)
 A K FORT INN(宿泊先)

  ↓  徒歩(約5分)

 チャトラパティ・シバジ・マハラジ・ターミナス駅(CSMT)

  ↓  列車(約30分)

 ガットコパー駅(GC)
  ↓  徒歩(数分)
 Ghatkopar Metro
  ↓  メトロ(約10分)
 Marol Naka
  ↓  メトロ(数分)
 Chhatrapati Shivaji Maharaj International Airport(T2)

  ↓  徒歩すぐ

 チャトラパティ・シバジ・マハラジ国際空港

  ↓   ANA(8時間)

羽田(Haneda)


NOTE
・航空券は「Skyscanner」にて予約

1ヶ月半の旅も遂にフィナーレ!日本へ帰る時間です。

ムンバイの国際空港は街中心部から20km以上離れていますが、鉄道とメトロを乗り継げば運賃はわずか数十ルピー。乗り換えなどを含めると1時間はかかりますが、時間に余裕があり荷物も多くなければおすすめです。

これで鉄道も乗り納め。北インドではクンブ・メーラの洗礼を受けてトラウマになりかけましたが、終わり良ければすべて良し。インド鉄道にはお世話になりました。

インド旅をプレイバック!

0. 羽田
 (移動)ANA
  ↓ 10.5時間

**北インド**

1. デリー
 (宿泊)Natraj Yes Please New Delhi
 (移動)IRCTC:R2,000
  ↓ 6時間

2. アムリトサル
 (宿泊)Malhotra Guest House
 (観光)ワガ国境/黄金寺院
 (移動)IRCTC:R1,250
  ↓ 9時間

1. デリー
 (宿泊)S B Inn Paharganj
 (移動)IRCTC:R575
  ↓ 2.5時間

3. アグラ
 (宿泊)Shyam Palace
 (観光)タージ・マハル
 (移動)IRCTC:R1,350
  ↓ 12時間

4. バラナシ
 (宿泊)DEE YOGA HOUSE
 (観光)ガンジス川/(祭り)クンブ・メーラ
 (移動)IRCTC(寝台):R500
  ↓ 4.5時間

**東インド**

5. ブッダガヤ
 (宿泊)Vistara Home Stay
 (観光)大菩提寺
 (移動)IRCTC:R1,300
  ↓ 6時間

6. コルカタ
 (宿泊)16 Avenue
 (移動)IndiGo:R7,500
  ↓ 2.5時間

**南インド**

7. チェンナイ
 (宿泊)Stay Court
 (観光)マハーバリプラム
 (移動)NueGo:R400
  ↓ 4時間

8. プドゥチェリー
 (宿泊)TRU COMFORT
 (移動)NueGo:R500
  ↓ 4時間

7. チェンナイ
 (移動)IndiGo:R2,850
  ↓ 1時間

9. バンガロール
 (宿泊)Narthaki Boutique
 (移動)Ganesh Travels & Tours:R1,050
  ↓ 6.5時間

10. ホスペット
 (宿泊)Swathi
 (観光)ハンピ
 (移動)Ganesh Travels & Tours:R1,650
  ↓ 11時間

11. ゴア
 (宿泊)Villa Cleto Guest House
 (観光)オールド・ゴア
 (移動)IndiGo:R5,100
  ↓ 2時間

**西インド**

12. アウランガーバード
 (宿泊)A Square Executive
 (観光)アジャンター/エローラ
 (移動)IRCTC:R800
  ↓ 7時間

13. ムンバイ
 (宿泊)A K FORT INN
 (観光)ダラヴィ・スラム/(祭り)ホーリー
 (移動)ANA
  ↓ 8時間

0. 羽田

結局、旅を楽しむために必要なことは?

①長期旅行の予定はフレキシブルに(ホテルや交通機関の予約方法)

②危険を極力避けるための心得(女子ひとり旅の鉄則)

男性優位社会のインドで女子ひとり旅をすることに危険なイメージがあるのは否めないですが、以上をシンプルに踏まえれば、女子ひとりでも十分に楽しめます。

人が多く、常に賑わいのあるインドでは、ひとり旅で孤独になることはまずありません。インド人はよく喋り、初対面でも個人的な質問(結婚や年齢)を躊躇わずに聞いてきますが、悪気はなく単なる好奇心です。

日本とはまるで文化の違うインドはエキゾチックで、非日常を味わうにもうってつけですが、初回の旅次第で好き嫌いがはっきり分かれるとも言われています。それはきっと、人の多さや秩序の無さ、ぼったくりや詐欺、衛生面など、一筋縄ではいかないことが多いから。

インドに足を踏み入れるならば、事前にある程度の情報を取集し、何より日本の常識は通用しないことを念頭に置いて多少のトラブルは楽しむ覚悟を持つことが、旅の心得。

日本では経験し得ないそのカオスさに触れて思うことは、やっぱりインドは面白い!14億人の中でサバイブするにはユニークでずる賢い視点が必要不可欠で、秩序という言葉など綺麗ごとに過ぎないと思い知らされます。

Seeing is believing.(百聞は一見に如かず)

どんなに写真や映像の精度が上がれども、実際に見るリアルな風景に勝ることがないのは、そこでしか味わえない ”感覚” があるから。

そんな感覚を求めて、あなたも旅に出てみませんか?

旅に出るならこちらもチェック!快適な旅を実現しませんか?







-4_西インド

   2026/01/01  

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