
まず初めに!今回の旅について
【ルート紹介】ウザいのになぜか心惹かれる国!1ヶ月半でインドを女子ひとり旅_#88
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【ブッダガヤ】菩提樹の下で仏教を知る!釈迦が覚りを得た仏教の聖地(大菩提寺)_#94
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ガヤー(Gaya)
Vistara Home Stay(宿泊先)
↓ トゥクトゥク(約45分/R350)
15:15発
ガヤー駅(GAYA)
↓ 列車(6時間) Map参照↓
・運賃:Rs1,300(CCクラス)
コルカタ(Kolkata)
21:10着
ハウラー駅(HWH)
↓ タクシー(約10分/R500)
16 Avenue(宿泊先)
NOTE
・列車は「旅行代理店」にて予約
・宿泊先は「Booking.com」にて予約
コルカタの気候は?
<今回の旅(2025年2月)時点では...>
蒸し暑いので1日中TシャツでOK。これでもまだ湿度は低く雨も少ないので観光には良い時期。
<2月のコルカタ>
平均最高気温:29℃
平均最低気温:17℃
降水量:約15mm
<2月の東京>
平均最高気温:10℃
平均最低気温:4℃
降水量:約65mm
エピソード「悪夢の夜以来の鉄道乗車」
数日前のバラナシでの悪夢によって、トラウマと化した鉄道旅。
北〜東インドの鉄道旅における最終目的地であるコルカタへ向かいますが、今回は寝台列車ではなく約6時間と最速で到着する座席列車。ガヤー駅が始発なので混乱はないと思いつつも、念のために約30分前には駅に到着しました。
電光掲示板を確認すると、プラットホームは「1C」となっていたので1番線ホームへ。何だか、ガヤー駅にも通常より多くの人がいるような気さえする始末。
始発であれば列車は30分前くらいから停車しているはずですが、なぜかまだ到着しておらず。近くにいたインド人にチケットを見せてここで合っているか聞いてみると、ヒンディー語でしたが「ここじゃない、向こうだ」と言っている様子。
少し移動すると鉄道警察がいたので同じことを聞いてみると、やはり遠くを指さして「一番端のプラットホーム」と言われ、そんなことをしている内に時間は刻々と過ぎていきます。
言われた通りに端のプラットホームへ向かう途中、少し前を歩いていたインド人女性が向かいから来たインド人にぶつかり、咄嗟に出たFワードを聞いてしまったものの、それを耳にして最初に思ったことは「英語が話せるはず」
予想通りに流暢な英語を話した彼女は同じ列車に向かうところで、さっきの光景が幻であったかのように、親切に対応してくれました。職業は歌手らしく、ガヤーでの公演を終えてこれからコルカタに帰るところだそうで。私の乗る車両まで案内してくれて「インドの旅を楽しんで!」と颯爽と去って行きました。

コルカタ行きの列車は最新設備で、一座席にひとつのコンセント、停車駅を知らせる電光掲示板まであり、まるで日本の新幹線さながら。
無賃乗車を見かけることもなく、定時発着。「終わり良ければ多分すべて良し」と言い聞かせ、北〜東インドの鉄道旅は快適に締めくくることができました。
コルカタ
西ベンガル州(West Bengal)に位置するコルカタは、デリー、ムンバイに次いでインド第3位の人口を誇る東の大都市。元々は、カルカッタ(Calcutta)と呼ばれていましたが、2001年にベンガル語風に改称されました。
1772年に英総督府の首都となり、1911年に首都がデリーに移るまでイギリスによるインド支配の拠点として発展し、インド初の地下鉄が走った街としても知られます。
交通渋滞と下町感溢れる佇まいはオールド・デリーに通じるものがありますが、街中に点在するイギリス統治時代の建造物がコルカタならではの独自の雰囲気を醸し出しています。
そんなコルカタには観光客にも使い勝手の良いメトロが走り、Uberでタクシーやトゥクトゥクも利用可能。観光に関してはどこへ行くにも不自由はありません。
ちなみにコルカタの象徴といえば「リキシャ」であり、元々は日本の人力車を模したもの。現在のインドではオートリキシャ(トゥクトゥク)が主流なので他の街で見ることはありませんが、コルカタでは現在もなお昔ながらのリキシャを見ることができます。
ダルハウジー広場

官公庁街にあるダルハウジー広場周辺には歴史的建造物が集まり、最も有名なものは「イギリス東インド会社」の事務員の合同宿舎であるWriters' Building(現在の州政府庁舎)
東インド会社は、17世紀にイギリスやオランダを始めとする欧州諸国がアジアとの貿易のために作った会社。
東インドとは ”ヨーロッパから見てインダス川の東にあるすべての土地” を意味し、アジア各地に活動拠点として商館を置き、裕福なヨーロッパ人の好むアジアの特産品をヨーロッパに運び、中継貿易で利益を上げました。
最初は単純に会社として始まったものでしたが、イギリス東インド会社はやがてインドを統治する政治的勢力へと変貌していきます。
カルカッタ(現コルカタ)、マドラス(現チェンナイ)、ボンベイ(現ムンバイ)に拠点を置き、シパーヒーと呼ばれる現地のインド人兵士を雇うことで独自の軍事力を保持しました。
また、マイソール戦争(1767年)、マラーター戦争(1767年)、シク戦争(1799年)を経て、有力な地方勢力を軍事的に屈服させ、19世紀前半にはインドのほぼ全域の支配に成功したのです。
しかしながら1857年にシパーヒーが反乱を起こし、植民地化によって地位を失った領主や地主、苦しい生活を強いられていた農民や職人なども加勢した結果、インド大反乱へと発展します。
この反乱後にイギリス東インド会社は解散。イギリス本国が直接統治を行うため、1877年にヴィクトリア女王がインド皇帝に即位し、インド帝国が成立しました。

ヴィクトリア記念堂とセント・ポール大聖堂

街中心部のモイダン公園の一角に建つ白大理石のヴィクトリア記念堂は、1901年に死去したインド皇帝「ヴィクトリア女王」に捧げるため、1921年に完成したもの。
ヴィクトリア女王は、今は亡きエリザベス女王のひいひいおばあさんにあたり、エリザベス女王に次いで歴代2位の在位(63年)を誇る人物です。


内部は博物館になっており、肖像画などを集めたギャラリーには「マハトマ・ガンディー」の姿も。
イギリス東インド会社がきっかけとなり植民地支配を受けたインドですが、それを終わらせるため、1857年〜1947年8月15日(インド独立)までの約1世紀に渡って続いたのがインド独立運動。
ガンディーはその指導者として独立に大きく貢献した人物であることから ”インド独立の父” と呼ばれ、現代においてもインド国民にとっては尊敬の念を抱く存在です。
入場料(2025年2月)
Rs500

ヴィクトリア記念堂のすぐ隣(モイダン公園内)の高さ約60mの塔がそびえる白大理石の教会は、1847年に完成したセント・ポール大聖堂。内部に入るには寄付金(約R10)が必要で、写真撮影は不可。
整然とした敷地内の庭園には彩り豊かな花々が植えられており、この一帯のみを切り取ればまるでイギリスにでもいるかのようで、コルカタという名の喧騒にいることを忘れてしまいそうになるほどです。
ジャイナ教寺院(Parshwanath Temple)

パルシュワナート寺院(Parshwanath Temple)は、19世紀に建設されたジャイナ教寺院。
ジャイナ教は仏教と同時期にインドで発祥した宗教で、教徒はインド国民の0.5%に満たないにも関わらず、国全体の富の約50%を保有するとされています。
ジャイナ教の教えとして有名なのは5つの大誓戒(だいせいかい)であり、不殺生・真実語・不盗・不婬・無所有を守ること。
その中でも特に不殺生が重要とされ、害虫や動物を殺さなければならない農業や畜産業などを避けた結果、多くの人は宝石商や金融業などに従事しました。真実語(嘘をつかない)、不盗(盗まない)などの教えを守ることから信用も得やすく、商人として成功して莫大な富を築くことができたのです。

特にコルカタには、裕福なジャイナ教徒によって豪華絢爛な寺院が建設されています。
庭園も美しく整備されていますが、何よりも目を惹くのは寺院に施されたその装飾。鏡やステンドグラスをふんだんに使用し、壁、天井、柱に至るまで、まるで宝石のようにキラキラと輝きを放つ寺院はいまだかつて見たことがないほど。
もはや寺院の概念を超えているようにも思えますが、それは所詮日本人の感覚。あくまで寺院は宗教的儀式を執り行う施設に過ぎないため、宮殿のように煌びやかであっても何ら問題はないのです。
ちなみに、異教徒でも寺院内部を見学できますが、写真撮影はできません。
インドで個人的No.1!「ベンガル料理」
1ヶ月半のインド旅では、可能な限りその土地ならではの料理をトライしましたが、個人的にはコルカタのベンガル料理がNo.1!
ベンガル料理とは、インドの西ベンガル州からバングラデシュにかけて広がるベンガル地方の伝統料理。魚介を多用し、スパイスも効き過ぎず辛くないので日本人の口によく合います。
ちなみに、バングラデシュはインド帝国の一部。イギリスからの独立時(1947年)にインドとパキスタンは宗教を理由に分離独立し、その際のパキスタンはインドを挟んで「西パキスタン」と「東パキスタン」に分かれた飛地でした。
その後、西パキスタン(現パキスタン)による一方的な支配に反発した結果、1971年に東パキスタンはバングラデシュとして独立。このような経緯からベンガル地方はインドとバングラデシュに跨っているのです。
マチェル・パトゥリ(Macher Paturi)

マチェル=魚、パトゥリ=葉を意味し、白身魚にマスタードソースを塗ってバナナの葉で包んで蒸した料理。
沢木耕太郎の小説「深夜特急」にも登場する高級ホテル(ザ・オベロイ・グランド)の向かいにあり、これまた高級ホテル「Peerless Hotel」に併設されるレストラン(Aaheli)で食べたマチェル・パトゥリ。
日本人からすると魚×マスタードの組み合わせは斬新ですが、淡白な白身魚にマスタードが絶妙に合う一品。
チングリ・マライ(Chingri Malai)

チングリ=エビ、マライ=クリームを意味し、いわゆる海老クリームカレー。
安宿街で有名なサダル・ストリート(Sudder St)の外れにあるレストラン(The Bhoj Company)で食べたチングリ・マライ。
魚介の旨味とクリームがカレーを程良くマイルドにさせた理想の海老クリームカレー。インド旅を始めて以来、スパイスもギー(バターオイル)もたっぷりの北インドのカレーには飽きていた頃で、そんな中で出会ったこのカレーは絶品の一言でした。
ちなみに、サダル・ストリートを抜けた先のチョーリンギー・ロード(Chowringhee Road)はコルカタの目貫通り。その道端には日用品や雑貨などの露店がずらりと軒を連ね、通りを北に進んだセントラル・アベニュー(Central Avenue)にも同じく露店が並びます。このような文化は、おそらくコルカタならでは。
1,000以上の店が集まるニュー・マーケット・コルカタもあり、まさにマーケット天国。東京近辺で例えるのならば、ここは浅草あたりなのだろうか。正直、何を買うでもないですが、どこか親近感が湧いてくるまるで下町。
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