【エローラ】20万トンもの岩を手作業で掘った!異宗教が隣り合わせる稀有な石窟群_#100

 

路線バスでエローラへ

アウランガーバードから車で約1時間のエローラまではタクシーを利用することもできますが、バススタンドからエローラ行きの路線バスに乗るのがおすすめ。

タイムテーブルはあってないようなものですが、30分に1本程度は走っています。また、石窟群の入口前に止まるので乗り換え不要、交通費も格安なので、たとえ猛暑でも1時間程度の移動であれば許容範囲です。

ただし、日本のバスのように車内アナウンスはないので、Google Maps等で現在地を確認しつつ下車する必要があります。エローラに行く観光客は他にもいると思いますが、もし降りるバス停がわからなければ、近くのインド人に聞いてみると快く教えてくれるはず。

アウランガーバード(Aurangabad)
 A Square Executive(宿泊先)

  ↓  徒歩(約10分)

 Central Bus Stand

  ↓  路線バス(約1時間/Rs50)

エローラ(Ellora)
 Ellora Caves bus stop

  ↓  徒歩すぐ

 エローラ石窟群


NOTE
・エローラ行きのバス停は、Central Bus Standの外の大通り沿いにあり
・運賃は乗務員が徴収に来るので、行き先を伝えて車内で支払います

エローラ行きのバス停

遺跡の歩き方(所要時間:5時間)

8:00
 Ellora Caves bus stop
  ↓  徒歩(約5分)
8:05
 第16窟:カイラーサナータ寺院
  ↓  徒歩(約5分)
9:30
 第1窟〜9窟
  ↓  徒歩すぐ
10:00
 第10窟
  ↓  徒歩すぐ
10:15
 第11窟〜12窟
  ↓  徒歩(約10分)
10:50
 第21窟
  ↓  徒歩(約5分)
11:30
 第29窟
  ↓  電動カート(数分)
11:50
 第32窟〜33窟
  ↓  電動カート(数分)
12:30
 第16窟:カイラーサナータ寺院
  ↓  徒歩(約5分)
13:00
 Ellora Caves bus stop


NOTE
・電動カート(Rs30)はエローラ石窟寺院内を巡回しており、仏教窟方面へも乗車可能

早朝のエローラに着いたら、まずはメインの第16窟へ。

その後は、徒歩で仏教窟(第1〜12窟)を見て回り、ヒンドゥー教窟(第13〜29窟)の有名どころを掻い摘み、第29窟から電動カートでジャイナ教窟(第30〜34窟)へ。その後、電動カートで入口付近に戻ったら、再び第16窟を見て終了。

これが私流の遺跡の歩き方で、所要時間は約5時間。

仏教窟は割とコンパクトにまとまっていて見やすいですが、ヒンドゥー教窟は数が多い上にひとつひとつが離れていたり、ジャイナ教窟も第30窟は少し離れた場所にあります。そのすべてを見る人はほぼいないので、自身の興味に合わせてピックアップが必要です。

絶対に外せない第16窟は壮大で、端からゆっくりと見て回ればそれだけで1時間は悠に必要。3宗教のメインどころをそれなりにじっくりと見るのであれば、約3時間は掛かるような規模感です。

Infomation

入場料(2025年3月)
  Rs600  

 ※火曜は休みなので要注意!

Webサイト/エローラ石窟群(英語)

【世界遺産】エローラ石窟群

世界遺産情報

名称:エローラ石窟群
登録:1983年
種別:文化遺産
URL:世界遺産リスト

5〜10世紀の約500年に渡り、仏教、ヒンドゥー教、ジャイナ教の僧侶たちによって建設された石窟寺院群。

南北に続く全長約2kmの崖に34の石窟が隣接しており、その内の12が仏教窟、17がヒンドゥー教窟、5がジャイナ教窟。基本的に仏教窟が最も古く、ヒンドゥー教、ジャイナ教と順に年代が新しくなりますが、建設時期が重なっていた年代もあったと考えられています。

宗教は争いの元となるのが世の常とされる中、異宗教の建造物が共存することは世界的に見ても稀であり、比較的宗教に寛容なことで知られるインドを体現する遺跡でもあるのです。

アウランガーバード近郊には、エローラと同じく崖沿いに石窟が並ぶアジャンター石窟群も存在します。混同しやすいですが、その特徴は「仏教窟のみで、壁画が多い」こと。ちなみに、エローラの仏教窟はその存在が昔からよく知られていたために、壁画はほぼ残っていません。

仏教窟

第1〜12窟の仏教窟は、後期仏教にあたる5〜7世紀頃に建設されたもの。

仏教窟には2種類あり、1つはヴィハーラ窟と呼ばれる修行僧が暮らすための僧院。彼らはここで生活しながら瞑想を行ったため、瞑想室を中心に寝室などの居住スペースがあり、階層構造の大きな石窟が特徴。また、エローラの仏教窟は大半がヴィハーラ窟にあたります。

もう1つは、チャイティヤ窟と呼ばれるストゥーパ(仏塔)を祀り、儀式や参拝を行うための祠堂。吹き抜けのホールがあり、最奥部にストゥーパを背にした仏像が安置される構造です。

ヴィハーラ窟、チャイティヤ窟のいずれにおいても木造の僧院や祠堂をモデルにしているため、木造ならではの柱や梁を模して彫刻されていることが共通する特徴です。

仏教窟の外観

仏教は紀元前5世紀頃にインドで生まれた宗教ですが、6世紀頃にヒンドゥー教が台頭してくると、その攻撃を受けて衰退を始めます。

仏教の教えは社会に浸透しにくかったことあり、カースト制とも結び付いて社会に深く根付いていったヒンドゥー教がインド主流の宗教となりました。

また、11世紀にはイスラム勢力の本格的な侵攻によって仏教寺院は破壊され、僧侶たちは安心して修行できる地を求めてネパール、チベット、ビルマなどに避難。その結果、信者たちはヒンドゥー教に吸収されるか、イスラム教に改宗せざるを得ず、13世紀初めに仏教はインドにおいてほぼ消滅してしまったのです。

第10窟

第10窟であるヴィシュヴァカルマ窟(Vishvakarma)は、仏教窟の中でも後期とされる7世紀頃に建設されたもので、エローラにおける唯一のチャイティヤ窟。

2階建てかつ吹き抜けのホールになっており、天井は木造建築をモデルにしたアーチ状。正面には、巨大なストゥーパを背に説法印(両手を胸の高さに上げ、親指と人差し指で輪を作る)を結んだブッダの倚像(いぞう)が安置されています。

椅子に腰を掛けた椅坐(いざ)と呼ばれるスタイルの仏像は日本ではあまり見かけないですが、説法を行う姿を描く際によく用いられるそうです。

第12窟

第12窟であるティン・タール窟(Tin Thal)は、廃墟と化したアパートのような外観のヴィハーラ窟。

ティン・タール=3階建てを意味し、僧院(1F)+講堂(2F)+礼拝堂(3F)を兼ねる複合施設であり、仏教窟の中でも最大級かつ複雑な多層構造を持ちます。

仏教窟の中でも後期に建設されたもので、単層の僧院から進化し、巨大かつ多層な複合施設へと発展した ”仏教窟の集大成的存在” とされています。

ヒンドゥー教窟

第13〜29窟のヒンドゥー教窟は、おもに7〜9世紀に建設されたもの。

ヒンドゥー教窟には、仏教窟におけるヴィハーラ窟(僧侶の修行の場)のようなものはありません。おもに神々を祀るために作られており、インド神話上の神々の戦いなどを描いたダイナミックで複雑な彫刻が見られることが特徴です。

第29窟の彫刻

紀元前12世紀頃に発生したとされるバラモン教を受け継ぎ、インド土着の信仰が融合しつつ、4世紀のグプタ朝時代に発展したヒンドゥー教。

バラモン教はバラモン(司祭)が執行する祭式を中心とする形式主義的なものでしたが、ヒンドゥー教おいては「ただひたすら神を想い、身を捧げれば救われる」と民衆にわかりやすく説いたバクティ運動が、6~7世紀に南インドに広がりました。

12世紀には北インドにも広がり、また、カースト制とも結び付いて社会に定着した結果、インドにおける主流の宗教となったのです。

第16窟(カイラーサナータ寺院)

エローラの象徴的存在であるカイラーサナータ寺院(Kailasanatha)は一見、石を積み上げた建造物に見えますが、なんと!ひとつの岩山を掘って作った世界最大の石窟寺院。

8世紀半ばに、ラーシュトラクータ朝の国王「クリシュナ1世」によって建設が開始され、上から下へと掘り下げていく方法でおよそ100年の年月をかけて完成しました。

その構造は、幅約40m、奥行き約80m、高さ約30mに及び、20万トンもの岩を掘り出していますが、当時は効率的に岩を掘る重機はもちろん存在しないため、ノミやハンマーなどを用いて人力のみで作り上げたのです。

また、この寺院はシヴァ神が住むとされるカイラス山をイメージしたものと考えられています。ちなみに、仏教などにおいても聖なる山として崇められ、アンコール・ワット(カンボジア)ボロブドゥール(インドネシア)なども同様にカイラス山をイメージして建設されたことで知られています。

寺院に足を踏み入れると、その巨大さにはとにかく圧倒させられます。

シヴァを祀る中央寺院は南インドによく見られるピラミッド型の構造をしており、その土台部分には建物を支えるように何匹ものゾウが彫刻されています。人間と比べるとよくわかりますが、その大きさは迫力ある実物大。

インド神話におけるゾウは守護と力の象徴であり、寺院建築においては地上と神域の境界を守る役割を持つとされています。また ”宇宙を支えるゾウ” とも呼ばれ、シヴァの住む寺院=全宇宙であることも表現しているそう。

マハーバーラタの浮き彫りを前に、何やら議論中のインド人たち。

寺院の外壁にはインドの2大叙事詩「マハーバーラタ」や「ラーマーヤナ」の場面が浮き彫りにされており、これは参拝者が寺院を回廊しながら神話を読み、シヴァ信仰とともに理想的な生き方を学ぶためのものだったそう。

マハーバーラタ=偉大なバーラタ国という意味で、実はインドの正式名称でもあります。インド(India)という国名は英呼称であり、憲法においてはヒンディー語のバーラト(Bhārat)が国名とされているのです。(古代インドのサンスクリット語ではバーラタと呼びました。)

中央寺院内

剥き出しの岩肌に無機質な印象を受けるカイラーサナータ寺院ですが、建設当初は、彫刻に漆喰を塗り、そのまた上に鮮やかな顔料を塗ることで彩色されていました。

長年の風化によってほぼ失われているものの、中央寺院の2階テラスに出ると外壁には微かに残る赤をメインとした色彩を見ることができます。

下の写真に見られるのは、妖艶に舞う天界の女神「アプサラス(Apsaras)」の彫刻と絵画で彩られた背景。建設当初はこのような彫刻と絵画を融合させた装飾が全体に施されていたことを考えると、かなり鮮やかな建造物であったことが想像できます。

カイラーサナータ寺院は20ルピーに描かれており、ハンピのストーン・チャリオット(石の戦車)と同様、持参して一緒に撮影するのが定番。

寺院に入ったらすぐ右手に進み、階段を上ったあたりの広場で振り返ると、紙幣と同じ光景が見られます。ちなみに、紙幣に描かれているのはゴープラム(塔門)、ナンディ堂とその隣のスタンバ(塔)のみで、実はメインの中央寺院は描かれていません。

高台から寺院を眺めてみる

第16窟の左右にある小道を登った岩山の頂上からは、カイラーサナータ寺院全体を俯瞰することができます。下から見上げる寺院は迫り来るような迫力がありますが、上から見下ろすとその巨大さとともに ”岩山を掘って作られた” ことがよく分かります。

比較的に加工しやすい玄武岩ではあるものの、実際にその巨大さを目の前にすると、重機のない時代に人力のみで作ったという事実はにわかに信じ難いほど。ルピー札に描かれるのも納得のインドを代表する壮大な遺跡です。

午前中の早い時間帯は空いているので、エローラに到着したらまずは第16窟を訪れるのがおすすめ。目を閉じればノミやハンマーで岩を砕く音が古から聞こえてきそうなほどに静かな空間が広がり、落ち着いて鑑賞できます。

最初に見ると他の石窟が色褪せてしまうという意見は否めないですが、まずは人の少ない寺院をゆっくりと堪能し、その後は興味のある石窟をピックアップして見学しつつ、最後にまた第16窟に戻ってくるというのが個人的におすすめするエローラの歩き方。

第21窟

第21窟であるラーメーシュワラ窟(Ramesvara)は、8世紀頃に建設されたもの。

比較的小規模な石窟ですが、柱や梁、天井の至るところに彫刻が施され、バランスや精巧さ、その完成度はエローラの中でも特に秀でていることで有名。その後に建設されるカイラーサナータ寺院へと続く、ヒンドゥー教窟の発展を示す重要なものでもあります。

シヴァとその妻「パールヴァティー(Pārvatī)」の下で、シヴァが住むとされるカイラス山を持ち上げようとする「ラーヴァナ(Rāvaṇa)」を描いた彫刻。

10の頭、20の腕、山のような巨体を持つラーヴァナには「カイラス山を揺らしてシヴァを怒らせた」というエピソードがあり、その姿を表現した彫刻はエローラで複数見られる有名なもの。

近づいてよく見ると、豪華な装飾品まで細やかに表現されており、また、人物描写も柔らかなタッチで ”エローラで最も美しい石窟” と称される理由がよくわかります。

第29窟

第29窟であるドゥマール・レーナ窟(Dumar Lena)は、8世紀頃に建設されたものでカイラーサナータ寺院に次ぐ広さを誇ります。

十字型に設計された石窟内部には巨大な石柱が並び、天井も高く、外からの光も届いて開放的な雰囲気。また、インド神話の場面を描いた巨大彫刻が数多く見られることも特徴です。

第21窟にも見られたカイラス山を揺らすラーヴァナの彫刻は、繊細なタッチの第21窟に比べると、ややどっしりとした印象の描写。似たような時期に作成されたものですが、このような違いが見て取れるのも面白いもの。

また、ベルガンガ川に面しており、テラスからは開放的な風景を望めます。乾季である3月に訪れたので草木は枯れつつ水量も少ないですが、雨季には青々とした緑と流れ落ちる滝も出現して異なる風景を楽しめます。

ジャイナ教窟

第30〜34窟のジャイナ教窟は、おもに9〜10世紀に建設されたもの。

仏教窟やヒンドゥー教窟に比べて小規模ではあるものの複雑な構造を持ち、また、細部まで掘り込んだ彫刻や装飾はまるで金属細工のようで、全体的に完成度が高いことが特徴です。

ヒンドゥー教のようなストーリー仕立てではなく、蓮の花や幾何学文様、ジャイナ教の開祖や守護神を中心とした彫刻が施されています。

第32窟の彫刻

ジャイナ教は仏教と同じく紀元前5世紀頃にバラモン教への反発の結果として生まれた宗教。開祖のヴァルダマーナは煩悩に打ち勝ったことから ”偉大な勇者” マハーヴィーラ(Mahāvīra)と呼ばれており、ジャイナ教とは ”ジナ(勝者)の教え” という意味になります。

世界へと拡大しながらインドにおいては滅亡とも言えるほどに衰退した仏教とは裏腹に、ジャイナ教は2,500年もの間インドに根を張り、少数派でありながらも宗教的地位を維持し続けました。

不殺生(アヒンサー)を始めとする極端な禁欲が特徴ですが、妥協しないその姿勢は少数派であったがゆえに可能でもあり、飛躍的な拡大も望まなかったのです。

第32窟

第32窟であるインドラ・サバ(Indra Sabha)”チョーター(小さな)・カイラーサナータ” とも呼ばれており、第16窟を模して建設されたものでジャイナ教窟の最大の見どころ。

完全に掘り出された屋外に見られる寺院やゾウの彫刻は第16窟を彷彿とさせますが、大きく異なる点は石窟内部も充実しており、完成度が高いこと。

繊細な彫刻を施した柱が並び、天井には蓮の彫刻や絵画、色彩も所々に残されており、仏教窟やヒンドゥー教窟に比べて華やかな印象を受ける石窟内部。

ジャイナ教窟で有名なものといえば、マンゴーの木の下でライオンに座る女神「ヤクシニー(Yakṣinī)」の彫刻。インド神話上は鬼神とされますが、ジャイナ教においては守護神かつ豊穣の神。また、世界最大のマンゴー生産国であるインドでは、4,000年以上前からマンゴー栽培が行われており、聖なる木でもあります。

仏教窟やヒンドゥー教窟には見られなかった構造ですが、ジャイナ教窟は石窟同士が内部で繋がっているので行き来が可能。

第32窟と第33窟は2階部分で、第33窟と第34窟は1階部分で、まるで二世帯住宅のように繋がっており、明確な境界線はよくわかりませんが、石窟内をうろうろ歩き回っていると入口とは違う場所に出てきてしまいます。

左:第33窟、右:第32窟

Google Street View エローラ石窟群

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   2026/01/01  

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