【チェンナイ】エアコンのない路線バスに揺られて世界遺産「マハーバリプラム」を日帰り観光_#96

 

【移動】コルカタ → チェンナイ

コルカタ(Kolkata)
 16 Avenue(宿泊先)

  ↓  Uber(約45分/R400)

 11:30発
 ネータージー・スバース・チャンドラ・ボース国際空港(CCU)

  ↓  IndiGo(2.5時間)
     ・運賃:Rs7,500

チェンナイ(Chennai)
 13:50着
 チェンナイ国際空港(MAA)

  ↓  徒歩(約5分)

 Airport metro
  ↓  メトロ(約30分)  Map参照↓
 Central Metro

  ↓  徒歩(数分)

 Stay Court(宿泊先)


NOTE
・航空券は「Skyscanner」にて予約
・宿泊先は「Booking.com」にて予約

チェンナイの気候は?

気候の詳細をチェック

<今回の旅(2025年2月)時点では...>
蒸し暑いので1日中TシャツでOK。これでもまだ気温は低く雨も少ないので観光には良い時期。

<2月のチェンナイ>
  平均最高気温:30℃
  平均最低気温:23℃
  降水量:約10mm

<2月の東京>
  平均最高気温:10℃
  平均最低気温:4℃
  降水量:約65mm

チェンナイ

タミル・ナドゥ州(Tamil Nadu)に位置するチェンナイは、デリー、ムンバイ、コルカタに次いでインド第4位の人口を誇る南インド最大の湾岸都市。

イギリス植民地時代にはマドラスと呼ばれ、カルカッタ(現コルカタ)、ボンベイ(現ムンバイ)とともにイギリス東インド会社の貿易拠点として発展しました。

2,000年以上の歴史を持つドラヴィダ系民族のタミル文化が根付くチェンナイでは、言語もヒンディー語(नमस्ते)ではなく、タミル語(வணக்கம்)が使用されます。また、タミル系王朝が建設した世界遺産マハーバリプラムまでは路線バスで2時間弱なので、日帰り観光も可能。

そんなチェンナイには観光客にも使い勝手の良い鉄道とメトロが走っており、Uberでタクシーやトゥクトゥクも利用可能。観光に関してはどこへ行くにも不自由はありません。

列車でチェンナイ観光

おもな観光スポットは、街中心部の「チェンナイ・パーク・タウン駅」から列車に乗って訪れることが可能。ただ、すぐ近くには似た名前の駅が存在しており、乗車までの流れも難解です。

地元の人に聞くとごく普通のこととして教えてくれますが、「チェンナイ・パーク・タウン駅」にチケット売り場は存在しないので、短距離列車のチケットは「チェンナイ・パーク駅」で購入する必要があります。

要は、短距離列車に乗る場合、まずは「チェンナイ・パーク駅」でチケットを購入し、「チェンナイ・パーク・タウン駅」に移動して列車に乗るというわけです。これは何も知らない観光客にとってはかなり難解なシステム。

A/C(エアコン)なし、扉も開きっぱなし、いかにもインドな列車の運賃はたったRs 5!ガタゴトと音を立てる列車に乗って、海沿いの街チェンナイをのんびり観光するのもいいものです。

マリーナ・ビーチとライトハウス

チェンナイを象徴する全長約13kmのマリーナ・ビーチは、ライトハウスの展望台(入場料:Rs50)に上れば、街並みとともに一望できます。

上空から見るとその様子がよくわかりますが、波打ち際まで距離のあるワイドなビーチ。

波が高く、潮の流れも早いので遊泳には向かず、また、日差しが強烈で蒸し暑い2月のチェンナイなので、海岸沿いを散歩する人の姿もまばら。

波打ち際に置かれていたのは、漁に出るためのカラフルな小船。海岸沿いの建物にもアートが描かれていたりと予想外に海岸近くはフォトジェニックでした。

How to get there

Stay Court(宿泊先)
  ↓  徒歩(約10分)
 Chennai Park Town
  ↓  列車(約5分)
 Tiruvallikeni
  ↓  徒歩すぐ
マリーナ・ビーチ

サントメ大聖堂

マリーナ・ビーチから徒歩すぐのサントメ大聖堂は、大航海時代の16世紀にポルトガル人によって建設され、現在の真っ白なゴシック建築は19世紀に再建されたもの。

キリストの十二使徒(弟子)のひとりである「聖トーマス」の墓の上に建設されている世界的にも稀な教会。ポルトガル語で、サントメ(San Thome)=聖トーマスを意味し、1世紀にまで遡りますが、彼はキリスト教布教のためにインドに渡り、殉職したと伝えられています。

ちなみに、使徒の墓の上に建てられている教会は世界に3ヶ所のみで、バチカン市国の「サン・ピエトロ大聖堂」と、トルコ(エフェソス近く)の「聖ヨハネ聖堂」とされています。

How to get there

Stay Court(宿泊先)
  ↓  徒歩(約10分)
 Chennai Park Town
  ↓  列車(約10分)
 Thirumayilai
  ↓  徒歩(約20分)
サントメ大聖堂

ヒンドゥー教寺院(Kapaleeshwarar Temple)

7世紀に創建されたカパーリーシュワラ寺院(Kapaleeshwarar Temple)は、シヴァ神とその妻であるパールヴァティ女神を祀るヒンドゥー教寺院。

ピラミッドのようにそびえるゴープラム(塔門)は東西の寺院入口に置かれ、南インドによく見られるスタイル。インド神話の神々などを表現した極彩色のレリーフ(彫刻)がいくつも施されており、これを見るとなぜか私は日光東照宮の日暮門を思い出します。

とにかくインドの神様は目の覚めるような色鮮やかさ!そして、その独特なタッチも印象的です。

熱心に祈りを捧げるヒンドゥー教徒の姿。

寝そべっているように見えるのは「両手・両膝・額を地面に着けて礼拝する」という五体投地(ごたいとうち)と呼ばれるもの。ブッダガヤの大菩提寺でも見ましたが、仏教やヒンドゥー教において行われる礼拝方法です。

How to get there

Stay Court(宿泊先)
  ↓  徒歩(約10分)
 Chennai Park Town
  ↓  列車(約10分)
 Thirumayilai
  ↓  徒歩(約20分)
ヒンドゥー教寺院

南インドのドリンク「ジガルタンダ」

ジガルタンダ(Jigarthanda)とは、甘く濃厚なドリンクにアイスをトッピングしたシェイクのようなもの。また、アーモンドの木から取れる樹脂で、ゼリーのような食感のアーモンドガムが入っていることも特徴です。

ヒンディー語で、Jigar=心臓、Thanda=冷たいを意味する言葉で ”ジガルタンダの冷たさは心臓まで達する” といった意味合いがあり、蒸し暑いチェンナイにぴったりのドリンク。

発祥はマドゥライ(Madurai)で、1977年にP. Sheik Meeranが小さな屋台で売り始めたことがきっかけ。やがて「Famous Jigarthanda」と呼ばれる企業に発展し、現在ではタミル・ナドゥ州の多くの地域にチェーン展開されるほどに成長しています。

上の写真は、チェンナイのセントラル・メトロ駅近くのインド料理レストラン(Murugan Idli)で飲んだジガルタンダ。レストランの隣にはジガルタンダのバーがあり、テイクアウトも店内で注文して飲むことも可能です。

路線バスでマハーバリプラムへ

チェンナイ(Chennai)
 Stay Court(宿泊先)

  ↓  Uber(約30分/Rs200)

 8:00頃発
 Thiruvanmiyur Bus Terminal 始発

  ↓  路線バス(約2時間/Rs43)

マハーバリプラム(Mahabalipuram)
 10:00頃着
 Mahabalipuram bus stop 終点


NOTE
・マハーバリプラム行きの路線バスはNo.588
・始発→終点なので乗りやすいですが、A/C(エアコン)はなし
・運賃は乗務員が徴収に来るので、行き先を伝えて車内で支払います

遺跡巡り(所要時間:3時間)

 Mahabalipuram bus stop
  ↓  徒歩(約5分)
10:15
 海岸寺院(Shore Temple)
  ↓  徒歩(約10分)
11:15
 アルジュナの苦行(Arjuna's Penance)
  ↓  徒歩(数分)
11:30
 クリシュナのバターボール(Krishna's Butter Ball)
  ↓  徒歩(約15分)
12:30
 ファイブ・ラタ(Five Rathas)
  ↓  トゥクトゥク(数分)
13:15
 Mahabalipuram bus stop


NOTE
・猛暑の中で歩き疲れてトゥクトゥクを利用しましたが、すべて徒歩圏内

【世界遺産】マハーバリプラムの建造物群

世界遺産情報

名称:マハーバリプラムの建造物群
登録:1984年
種別:文化遺産
URL:世界遺産リスト

チェンナイから海岸沿いを約60km南に下った先にある小さな町マハーバリプラム。

3世紀後半〜9世紀にカーンチープラム(Kanchipuram)を首都として南インドに栄えた「パッラヴァ王朝」によって建設された世界遺産マハーバリプラムの建造物群があります。

海岸寺院、遺跡公園(アルジュナの苦行とクリシュナのバターボール)、ファイブ・ラタと呼ばれる寺院群がおもな見どころで、すべて徒歩圏内。ゆっくりと見ても約3時間で宿泊するほど見どころも多くないのでチェンナイからの日帰り観光がおすすめです。

Infomation

入場料(2025年2月)
  Rs500  

Webサイト/マハーバリプラムの建造物群(英語)

海岸寺院

パッラヴァ王朝の第2代国王「ナラシンハヴァルマン2世」によって8世紀初めに創建された海岸寺院は、切石を積み上げて作った石造寺院。

インドの建築様式は、石窟寺院から石彫寺院、そして石造寺院へとシフトしましたが、この海岸寺院は南インドで最初に建てられた石造寺院として知られています。ピラミッド型の屋根、頂上に半球形のシカラ(冠石)、その上に水瓶を模したカラシャ(頂華)を乗せるスタイルはドラヴィダ様式の基本形となりました。

シヴァを祀る主祠堂(写真右側)とヴィシュヌを祀る祠堂(写真左側)、そして外壁部分に並べられているのはシヴァの乗り物であるナンディ像。ヒンドゥー教にはシヴァ派とヴィシュヌ派がありますが、その両方を同時に祀ることは珍しいとされています。

当時は同じような寺院が7つ存在したものの、海岸線の後退により海へ沈んでしまったそう。この残された寺院も潮風や波に長年晒された結果、表面が削られて角が丸くなり、崩壊も危ぶまれているため、インド政府によって堤防が築かれ防風林が植えられるなど、侵食を最小限に抑える対策が取られています。

アルジュナの苦行

世界最大のレリーフとして知られる高さ9m × 幅27mの岩山に彫刻されたアルジュナの苦行は、パッラヴァ王朝の第2代国王「ナラシンハヴァルマン2世」によって7世紀に作成されたもの。

長い年月とともに主題は忘れ去られてしまったそうで。現在では、インドの叙事詩「マハーバーラタ」におけるアルジュナの苦行、もしくはインド神話におけるガンガーの降臨を描いたものと考えられています。

アルジュナの苦行とは「マハーバーラタに登場する主人公のひとりであるアルジュナが、シヴァ神から強力な武器を得るために苦行する」というストーリー。

写真の左上部分がアルジュナの苦行を描いているとされ、バレリーナのように片足立ちをするアルジュナと、その左側に手を差し出すシヴァ神の姿が見られます。

ガンガーの降臨とは「苦行者のバギーラタがシヴァ神の心を動かし、天上のガンジス川を地上に招来させた」というストーリー。

写真の中央部分に見られるのがガンガー降臨の場面とされ、一見、ヘビのように見えますが、これがガンジス川を表現しているものと考えられています。

クリシュナのバターボール

重力に逆らうように丘の斜面に留まり、絶妙なバランスを保つ巨大な花崗岩。

元々はタミル語で、Vaan Irai Kal(空の神の石)と呼ばれていたそうですが、やがて「バターが大好物として知られるヒンドゥー教のクリシュナ神が、食べていたバターを天から落として岩になった」という伝説から現在の名前が定着しました。

科学的には、氷河活動によって形成されたものと考えられているようです。

丘に登って反対側に回ると、スパッと切れたバターボールの表面が見られます。

直径約6m、重さ約250トンのこの岩を最初に動かそうと試みたのは、パッラヴァ王朝の第2代国王「ナラシンハヴァルマン2世」ですが、もれなく失敗。20世紀初めには、イギリス植民地時代のマドラス総督が7頭の象を率いて挑戦したものの、これも失敗に終わりました。

そんな不動の奇岩。 ”神様が天から落とした” という表現もなんだか納得の不思議さです。

ファイブ・ラタ

ファイブ・ラタは7世紀に建設され、その後は砂に埋もれて19世紀に再発見されるまで忘れ去られていた遺跡。

石彫寺院である5つのラタ(ratha)はひとつひとつが独立しているように見えますが、実は1枚岩から彫り出した巨大な彫刻なのです。

実はこれらは実際に寺院として使用するために作成されたのではなく、いわゆる試作品。内部が未完成のものもあり、多様な建築方法を試す ”実験場” といった位置付けです。

ファイブ・ラタにはインドの叙事詩「マハーバーラタ」の登場人物にちなんだ名前が付けられています。

マハーバーラタは、バラタ族の王位を巡ってパーンドゥ王の息子である5王子(パーンダヴァ)と、その従兄弟のクル国の100王子(カウラヴァ)が争う物語。クルクシェトラ(Kurukshetra)で18日間に及ぶ大戦争が起こり、凄惨な戦闘の末、パーンダヴァ側の勝利に終わったものの両軍ともに多大な犠牲を払いました。

戦争のあらすじのみでなく、伝説や神話、哲学なども組み込まれたマハーバーラタは、古代インド文化の百科事典的なものでもあります。ちなみに、ファイブ・ラタに付けられたのは、パーンダヴァとその妻の名前。

左:ドラウパディー・ラタ、右:アルジュナ・ラタ

ドラウパディー・ラタ=民家がルーツ

アルジュナ・ラタ=南インド寺院の典型的な型

ナクラ・サハーデーヴァ・ラタ

ナクラ・サハーデーヴァ・ラタ=(象の背を模して)後方部分が円形なのが特徴

中:ビーマ・ラタ、右:ダルマラージャ・ラタ

ビーマ・ラタ=南インド寺院のゴープラム(塔門)の原型

ダルマラージャ・ラタ=ライオン(パッラヴァ王朝のシンボル)の柱が並ぶ

寺院ならば隠れた場所である必要はなく、むしろ参拝者を集めるためには露出した場所の方が好都合ということから、ヒンドゥー教寺院は石窟から石彫へと進化しましたが、それも岩山の近くが必須となることや岩を彫るにも年月と労力を必要とするため、やがて切石を積み上げた石造寺院が発達します。

7世紀初めの石窟寺院は非常に簡素なものでしたが、次第に石像やレリーフが増え、岩を彫り込んだラタと呼ばれる石彫寺院に進化し、8世紀以降には海岸寺院のような石造寺院が一般的になっていくのです。

Google Street View マハーバリプラム

海岸寺院


アルジュナの苦行


クリシュナのバターボール


ファイブ・ラタ

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   2026/01/01  

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