
まず初めに!今回の旅について
【ルート紹介】ウザいのになぜか心惹かれる国!1ヶ月半でインドを女子ひとり旅_#88
次のストーリーへ進む!
【エローラ】20万トンもの岩を手作業で掘った!異宗教が隣り合わせる稀有な石窟群_#100
タクシー(チャーター)でアジャンターへ
アジャンターにも宿はあるものの他に見どころはないので、よほど興味がない限りはアウランガーバードが観光拠点となりますが、100km近く離れているため移動手段には頭を悩ますのが正直なところ。
アウランガーバードのバススタンドからは路線バス(エアコンなし)が出ていますが、猛暑の中で片道3時間も乗る気にはなれず、宿泊先でタクシー(チャーター)を予約してもらいました。
タイムテーブルがないに等しいバスは発車時刻が読めず、途中の停車なども含めるとロス時間はかなり多め。それに比べて、ダイレクトに辿り着けるタクシーは効率的で、チャーター料も日本人の感覚からすれば許容範囲なので、利用価値は大いにあります。
アジャンターに到着したら帰りの出発時間を決めて、ドライバーには駐車場で待機してもらいます。似たような場所で待っていてくれるはずですが、念のためにドライバーとタクシーの写真を撮っておくと、万が一見つからなかった時に誰かに聞けるので安心です。
アウランガーバード(Aurangabad)
7:00発
A Square Executive(宿泊先)
↓ タクシー(約2.5時間)
アジャンター(Ajanta)
9:30着
Ajanta Caves Parking
↓ シャトルバス
アジャンター石窟群
↓ シャトルバス
12:30発
Ajanta Caves Parking
↓ タクシー(約2.5時間)
アウランガーバード(Aurangabad)
15:00着
A Square Executive(宿泊先)
NOTE
・タクシーチャーター(Rs2,800/約8時間)
・Central Bus Standからアジャンター経由の路線バス(ACなし)もあり(片道:Rs200/約3時間)
遺跡の歩き方(所要時間:3時間)
9:40
Shuttle bus stop
↓ シャトルバス(約5分/Rs25)
9:50
Ticket Counter
↓ 徒歩(約5分)
10:00 10:15 10:30 10:50
第1窟 → 第2窟 → 第4窟 → 第9窟
10:55 11:00 11:05
→ 第10窟 → 第16窟 → 第17窟
11:15 11:30 11:35
→ 第19窟 → 第24窟 → 第26窟
↓ 徒歩(約5分)
11:50〜12:10
第10・2・1窟
↓ 徒歩(約5分)
12:15
Ticket Counter
↓ シャトルバス(約5分/Rs30)
12:30
Shuttle bus stop
NOTE
・シャトルバスはACあり・なしで運賃が多少違いますが、既に待機しているバスに順次に乗るため選択不可

アジャンターは駐車場から離れており、シャトルバスに乗って入口(チケット売り場)まで向かいます。入口から数分歩いたところに石窟がずらりと並んでおり、第1窟から順に有名どころを見学し、最後は入口に戻りつつ、特に興味深かった第10・2・1窟を再び見て終了。
これが私流の遺跡の歩き方で、所要時間は約3時間。
観光客に開放されていない石窟もあるので、すべてを見学できるわけではありません。エローラに比べるとコンパクトにまとまっていますが、メインどころをそれなりにじっくりと見るのであれば、約2時間は掛かるような規模感。また、石窟群を見渡す展望台へ登るならばさらに時間が必要です。
入場料(2025年3月)
Rs600
※月曜は休みなので要注意!
【世界遺産】アジャンター石窟群
名称:アジャンター石窟群
登録:1983年
種別:文化遺産
URL:世界遺産リスト
”虎の谷” を意味するワーグラー川沿いの断崖に約550mに渡って30の石窟が隣接するアジャンターは、紀元前1世紀~紀元2世紀頃(前期)、紀元5~6世紀頃(後期)に築かれたインド最古の仏教石窟寺院。
6〜7世紀頃になるとヒンドゥー教の台頭によって仏教は衰退を始め、やがて放棄されたアジャンターは1,000年以上も密林の中に埋もれていましたが、1819年に偶然発見されます。
発見者は当時マドラス(現チェンナイ)に駐留中だったイギリス軍人「ジョン・スミス」で、ハイデラバード藩王国の藩王に招かれてデカン高原で狩猟をしていたところを虎に襲われ、逃げ込んだ先がアジャンター石窟群のひとつでした。
長きに渡ってその存在が忘れ去られていたこともあり、石窟内に描かれていた仏教壁画は非常に保存状態が良いままに残されていたのです。

アウランガーバード近郊には、アジャンターと同じく崖沿いに石窟が並ぶエローラ石窟群も存在します。
混同しやすいですが、その特徴は「仏教・ヒンドゥー教・ジャイナ教の3つの宗教の石窟が共存する」こと。また、壁画の多いアジャンターに対してエローラには壮大かつ精巧なレリーフが多く見られます。
ヴィハーラ窟とチャイティヤ窟
仏教窟には2種類あり、1つはヴィハーラ窟と呼ばれる修行僧が暮らすための僧院。彼らはここで生活しながら瞑想を行ったため、瞑想室を中心に寝室などの居住スペースがあり、階層構造の大きな石窟が特徴。
もう1つは、チャイティヤ窟と呼ばれるストゥーパ(仏塔)を祀り、儀式や参拝を行うための祠堂。前期窟は簡素な造りでしたが、後期窟ではストゥーパを背に仏像が安置されて説法を題材にしたレリーフなどの装飾も見られるようになります。
ヴィハーラ窟、チャイティヤ窟のいずれにおいても木造の僧院や祠堂をモデルにしているため、木造ならではの柱や梁を模して彫刻されていることが共通する特徴です。
第1〜30窟まで存在するアジャンターにおいて、チャイティヤ窟は5つのみ(第9・10・19・26・29窟)で、残りの25はヴィハーラ窟。
また、紀元前1世紀~紀元2世紀頃の前期窟は5つ(第9・10・12・13・15窟)で、残りの25は紀元5~6世紀頃の後期窟とされています。
第1窟 - ヴィハーラ窟

後期ヴィハーラ窟を代表する第1窟。
列柱で囲まれた広間と壁の間に回廊を作り、壁際に僧侶が生活するための僧房を配置するのがヴィハーラ窟の基本構造。正面の奥にはガルバグリハ(Garbhagriha)と呼ばれる本堂があり、説法印(両手を胸の高さに上げ、親指と人差し指で輪を作る)を結んだ仏像が安置されています。
壁や天井にはグプタ朝時代の絵画が所狭しと描かれ、その中でも ”インド古代美術の最高傑作” と称される蓮華手菩薩(パドマパーニ)と金剛手菩薩(ヴァジュラパーニ)の絵画が最大の見どころ。
この美術はアジア全域に影響を与え、7世後半〜8世紀初めに制作された法隆寺金堂の仏教壁画も影響を受けたひとつですが、1949年の火災により大半が消失してしまったため現在はその姿を見ることはできません。
蓮華手菩薩(パドマパーニ)

ガルバグリハを正面にして左側の壁に描かれるのは、白い肌に少し俯いた眼差しで、右手に蓮の花(パドマ)を持った優美な姿の菩薩。
仏教において蓮の花は重要な象徴として知られます。その理由は沼などの濁った泥の中から美しい花を咲かせるからで、泥を人間の煩悩や苦しみが存在する迷いの世界(この世)に、咲いた花を泥に染まらない悟りの世界に見立て、仏教の理想を説くことができるのです。
金剛手菩薩(ヴァジュラパーニ)

右側の壁に描かれるのは、蓮華手菩薩とは対照的で黒い肌に煌びやかな宝冠を乗せた力強く男性的な姿の菩薩。
金剛杵(ヴァジュラ)とは古代インドの武器に由来する法具のことで、人間の煩悩を打ち砕く菩提心(悟りを求める心)の象徴とされています。
菩薩とは、古代インドのサンスクリット語におけるボーディ・サットヴァ(bodhisattva)の音写である菩提薩埵(ぼだいさった)の略称で、 ”悟りを求める衆生” を意味します。菩薩という言葉は釈迦の本生譚で初めて使用され、釈迦が前世で辿り着いた境地を表すものでした。

王の灌頂(かんじょう)の場面を描いた絵画。
サンスクリット語ではアビシェーカ(abhiṣeka)と呼ばれた王の即位儀礼で、頭上から聖水を灌(そそ)ぐことで王権の正統性を象徴するというもの。
インドでは古くから存在した儀式であったことから仏教にも取り入れられ、最後の修行を終えた菩薩が成仏する(悟りを開いて仏になる)際には智水の灌頂を受けるとされたそうです。
ちなみに、絵画が虫食い状態になっているのは漆喰の剥落によるもので、第1窟のみならず他の石窟にも見られるもの。
アジャンター周辺は高温多湿、雨季には浸水なども発生することで知られ、絵画に使用された漆喰や顔料がカビの栄養源になり、観光客の訪問(二酸化炭素や湿気の増加)がカビの繁殖を助長させて、黒ずみや斑点となって変色したり、漆喰が浮いて剥落するなどの問題が発生しており、遺跡保護のための対策が進められています。
第2窟 - ヴィハーラ窟

第1窟とともに後期ヴィハーラ窟を代表する第2窟。
2つの構造はほぼ同じですが、第2窟の方がより保存状態良くて装飾の密度も高め。また、壁面に描かれた本生譚(ほんしょうたん)などの絵画も第1窟に比べて物語性が強く、生き生きと表現されています。
サンスクリット語ではジャータカ(Jātaka)と呼ばれた本生譚とは、釈迦が生まれる前に人や動物として生きた前世の物語。
自己犠牲や利他の行いがテーマであり、前世においても修行を続けたからこそ、今世で悟りを得るに至った釈迦の模範的な生涯を絵で伝えることで、さらなる信仰心を持つように巡礼者を教育する目的があったそうです。


写真の中央上部に描かれる玉座のような椅子に座る人物は、兜率天(とそつてん)での釈迦の姿。
兜率天とは仏教の世界観における天界のひとつ。内院と外院があり、内院には将来仏となるべき菩薩が住み、外院には天衆が住むとされています。
現在、内院に住むとされるのはブッダの次に仏になることを約束された弥勒(みろく)菩薩で、ブッダが入滅した56億7千万年後に仏となってこの世に現れて人々を救済するという未来仏。
この果てしない数字には理由があり、兜率天での1日は地上の400年に匹敵し、寿命は4,000年とされるため、30日×12ヶ月×400年×4,000年=5億7600万年という計算になり、後に56億7000万年に入れ替わってしまったのではないかと考えられています。
釈迦は長い輪廻の最後に ”仏となるべき菩薩” として兜率天に住み、そこから降下して摩耶(マーヤー)夫人の胎内に宿り、この世に生誕します。そんな釈迦の誕生を描いた場面は兜率天の釈迦の右下に見られます。

釈迦(ガウタマ=シッダールタ)を抱いているブラフマー(Brahmā)とインドラ(Indra)、そして我が子を見つめる摩耶夫人の姿を描いた釈迦誕生のシーンをクローズアップしたのがこちら。
ヒンドゥー教の神として知られるブラフマーやインドラが仏教絵画に描かれるのは不思議に感じますが、どちらもバラモン教時代から存在する神で、バラモン教を受け継ぐヒンドゥー教のみならず、バラモン教に反発して生まれた仏教にも取り込まれたのです。
仏教においては十二天の一尊であり、ブラフマー=梵天、インドラ=帝釈天として知られ、両者は仏教の二大護法善神(ごほうぜんじん)とされています。
この世に生誕した釈迦はやがてブッダガヤの菩提樹の下で覚りを得ることになりますが、その直後には教えを人々に説くことをためらっており、そんな思いを知って教えを広めることを勧めたのはブラフマーだったそう。
第4窟 - ヴィハーラ窟

アジャンター最大かつ未完成の第4窟。
列柱部分やガルバグリハ(本堂)の仏像は掘り出されているものの、壁画は描かれないまま放棄されており、広い天井と長い回廊が鮮やかな壁画で埋め尽くされれば、第1・2窟を凌ぐ壮大なヴィハーラ窟になったはず。
ただ、建設途中で放棄されているからこそ、制作過程や計画の痕跡を学ぶ上では重要な石窟とされています。
第10窟 - チャイティヤ窟

前期チャイティヤ窟である第10窟。
長方形のホールに柱を並べ、正面奥にストゥーパ(仏塔)のみを置いたシンプルな作り。建設当時はまだ仏像表現がなく、ストゥーパが崇拝の対象でした。
第10窟で注目すべきは、アジャンターの発見者であるイギリス軍人「ジョン・スミス(John Smith)」の名前と発見した日付(1819年4月28日)が刻まれた柱。
写真の女性が見上げているあたり(右側13番目の柱の高さ約3m)に残されており、これはジョン・スミスが驚くほど長身であったわけではなく、発見当時のアジャンターは密林に埋もれ、石窟内には1.5m近くの泥が積もっていたためです。

ジョン・スミスのサインのクローズアップがこちら。
袈裟を着た僧侶が左手に蓮の花を持っているような絵画ですが、その右胸あたりに注目して目を凝らすと「John Smith」の名前が確認できるはずです。
第17窟 - ヴィハーラ窟

エレファント・ゲートと呼ばれる巨大な象の彫刻の隣に位置する第17窟。
赤、青、緑、金の色彩が多用される絵画は壁面全体に絵巻物のように物語が展開し、釈迦の誕生、出家、悟り、初転法輪など仏教における重要な場面を網羅しており、保存状態も非常に良いことから ”アジャンター壁画のハイライト” とされています。

”本生譚の集大成” とも称される第17窟で有名なものは、六牙の白象として生まれた釈迦の前世物語「六⽛⽩象本⽣」を描いた絵画。
その物語は、ヒマラヤの山中で8,000頭の象の群を王として束ねていた6本の牙を持った真っ白な象の話。
象王には2頭の妻がおり、第2夫人は第1夫人に激しく嫉妬した末に王を恨みながら自害してしまい、その後とある国の王妃として生まれ変わります。
ある日、六牙象の話を耳にした王妃はその牙を持ち帰るよう猟師に命令し、その猟師は罠を張って象を捕えるのですが、象は自らの牙を抜いて絶命してしまいます。そして、猟師が持ち帰った牙を見た夫人はその象がかつての夫であったことを思い出し、後悔して再び自害してしまうという物語。
六牙白象にはもうひとつのエピソードがあり、それは兜率天から降下した際の釈迦の姿であるというもの。釈迦は摩耶夫人の右脇より入り胎内に宿ったとされますが、この時に宮殿で横になっていた夫人は、天上より六牙白象が降りてきて胎内に入っていく夢を見たそうです。
第19窟 - チャイティヤ窟

第10窟(前期窟)に比べると一目瞭然で、複雑な装飾が施された後期チャイティヤ窟の第19窟。
吹き抜けの2階建てになっており、先端が天井に到達するほど高く伸びたストゥーパ、そして正面にはストゥーパと一体化した仏像が見られ、崇拝対象がストゥーパから仏像へと変化していることが見て取れます。

ストゥーパや仏像を祀り、儀式や参拝を行うための空間であるチャイティヤ窟には、正面入口の上部にアーチ状の窓が設けられています。
そこから差し込む光は、ストゥーパや仏像を神秘的に浮かび上がらせるような仕掛けになっており、崇拝対象を強調することで信仰心を高める目的があったそう。
対して、僧侶の修行や居住の場であるヴィハーラ窟にアーチ窓はありません。光が入るのは入口部分のみなので石窟内は暗いですが、瞑想を行うにはふさわしい空間になっています。
第24窟 - ヴィハーラ窟

アジャンター最大の第4窟に匹敵する広さを持つ、未完成のヴィハーラ窟。
放棄された点はどちらも同じですが、ある程度掘り出された状態の第4窟に比べて、第24窟は掘り進める段階で放棄されているため、岩肌をどのように形成していったのか、その過程を知る上で重要な石窟とされています。
第26窟 - チャイティヤ窟

第19窟と比べるとさらに装飾が複雑かつ華やかになり、 ”後期チャイティヤ窟の集大成” と称される第26窟。
列柱と壁の間に設けられた回廊は第19窟でも見られるものですが、第26窟には壁面に仏教の説話などを描いた彫刻が数多く施されており、最大の見どころは長さ約7mのインド最大級の涅槃(ねはん)仏像。
釈迦の入滅(死去)を表現した涅槃仏像には、目を閉じたもの(既に入滅した姿)と目を開いたもの(最後の説法をする姿)があり、この仏像は入滅後の姿を描いています。


もうひとつの有名なものは、降魔成道(ごうまじょうどう)を描いた彫刻。
ブッダガヤの菩提樹の下で瞑想に入った釈迦を邪魔するため、魔(マーラ)の軍勢が女性の姿で誘惑したり、恐怖を与えようと攻撃しますが、釈迦はそれを退けて魔に勝利し、成道した(覚りを得た)というエピソード。
私たちは苦悩の原因を外部に見つけ、その原因をなくせば苦悩もなくなると考えますが、釈迦は苦悩の原因は己の中にあることに気付いたため、魔は手出しができなくなり退散しました。魔の正体を見破って力を失わせるという釈迦の目覚めは、己の内面と対峙して煩悩を克服することの重要性を教えているのです。
Google Street View アジャンター石窟群
第1窟
第2窟
第4窟
第10窟
第17窟
第26窟
旅に出るならこちらもチェック!快適な旅を実現しませんか?


