
まず初めに!今回の旅について
【ルート紹介】ウザいのになぜか心惹かれる国!1ヶ月半でインドを女子ひとり旅_#88
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【ハンピ】自然が生んだ岩だらけの絶景に溶け込む「ヴィジャヤナガル王国」の繁栄の跡_#98
【移動】ホスペット → ゴア
ホスペット(Hospet)
Swathi(宿泊先)
↓ 徒歩(数分)
20:00発
バス会社オフィス(Ganesh Travels & Tours/Hosapete)
↓ 長距離バス(11時間) Map参照↓
・運賃:Rs1,650
ゴア(Goa)
7:00着
Panaji KTC Bus Stand
↓ タクシー(約5分/R300)
Villa Cleto Guest House(宿泊先)
NOTE
・バスは「redBus」にて予約
・宿泊先は「Booking.com」にて予約
ゴアとは州の名前で、ゴア州(Goa)の州都はパナジ。観光客は「ゴアに行く」と表現しますが、ゴアという街があるわけではないので、現地の人からすると「ゴアのどこ?」となります。
独立前のインドはそのほとんどがイギリスの植民地でしたが、ゴアはポルトガルによる植民地支配を受けた地域。ヒンドゥー教徒が人口の約80%を占めるインドですが、カトリック教会が多いゴアではキリスト教が強い影響力を持っています。
ゴアの見どころは、ポルトガル植民地時代の首都オールド・ゴア。疫病の蔓延によって19世紀半ばにオールド・ゴアから遷都されたゴアの州都パナジ。インド洋を望む美しいビーチ。特に欧米諸国からは人気のリゾート地としても知られています。
そんなゴア(パナジ周辺)には観光客にも使い勝手の良い路線バスが走っています。Uberは利用できないので、空港〜町中心部の長距離の移動は料金交渉の上でタクシーに乗りましょう。
ゴアの気候は?
<今回の旅(2025年3月)時点では...>
蒸し暑いので1日中TシャツでOK。これでもまだ湿度は低く雨も少ないので観光には良い時期。
<3月のゴア>
平均最高気温:31℃
平均最低気温:25℃
降水量:約5mm
<3月の東京>
平均最高気温:13℃
平均最低気温:6℃
降水量:約100mm
【世界遺産】オールド・ゴア
名称:ゴアの教会群と修道院群
登録:1986年
種別:文化遺産
URL:世界遺産リスト
パナジから東に約10kmの距離にあるオールド・ゴアはポルトガル植民地時代の首都で、海のシルクロードとして栄えた古い歴史を持つ地域。パナジのバスターミナルから路線バスが頻繁に走っており、気軽に訪れることができる場所です。

16〜17世紀に建設されたボム・ジェズ教会は、フランシスコ・ザビエルの遺体が安置される ”インドで最も有名なキリスト教会” として知られます。
スペイン生まれのザビエルは「イエズス会」の創設者のひとりであり、日本にもキリスト教を広めた人物。16世紀にポルトガルの国王によってゴアに派遣され、インドをはじめとするアジア諸国に赴いて布教活動を行い、日本での活動後には中国を目指して上川島(じょうせんとう)と呼ばれる島で亡くなりました。
教会内部は撮影禁止。棺は高い位置に置かれており、一部はガラス張りになっているものの、誰かが横たわる姿が見える程度。10年に1度のみ棺の一般公開が行なわれるそうで、次回は2034年になる予定です。
また、教会前の大通りを挟んだ北側には、60年もの歳月をかけて完成した ”インド最大級のキリスト教会” であるセ・カテドラル、フランシスコ会の創設者「アッシジの聖フランシスコ」に捧げられた聖フランシス教会など、この周辺には教会が集まっています。


Villa Cleto Guest House(宿泊先)
↓ 徒歩(約10分)
Panaji Bus Stand
↓ 路線バス(約20分)
Old Goa Bus Stop
↓ 徒歩すぐ
ボン・ジェズ教会
パナジ
パナジ教会

シンメトリーのジグザグ階段、正面の高くに置かれる鐘楼、そして、青空によく映える印象的な白亜の外壁は ”汚れなき聖母マリア” を表現しており、ゴアのシンボルとされるパナジ教会。
16世紀半ばにポルトガル船員のための礼拝堂として建設されたもので、17世紀に教会へと建て替えられました。

パナジの南に位置するゴア・ダボリム国際空港周辺にはヴァスコ・ダ・ガマ(Vasco Da Gama)と呼ばれる街があり、その名前はポルトガルの冒険家が由来。
ヴァスコ・ダ・ガマは、1498年に ”初めてインド航路を発見したヨーロッパ人” として知られています。ただ、実際に上陸したのはゴアではなく、かなり南に位置するカリカット(現コジコード)と呼ばれる港町でした。
当時から栄えた貿易港であったゴアを1510年にポルトガルが占領し、やがて植民地支配の拠点となります。こうしてゴアには、パナジ教会の前身となるような「ポルトガル人のための礼拝堂」が建設されたのです。
この頃は俗に言う大航海時代。1492年にはコロンブスが新大陸を発見し、1519〜22年にはマゼランの艦隊が世界一周に成功するなど、ポルトガルやスペインを始めとするヨーロッパ人が他の大陸に進出するための航海に出た時代でした。
コロニアル風の街並み

ポルトガル植民地時代の面影を残すコロニアル風情漂う建造物も、パナジの見どころのひとつ。
レストランなどが並ぶサン・トーメ地区(Sao Tome)は少々騒がしいですが、その南側のフォンテインハス地区(Fontainhas)は静かな住宅街。カラフルな家の軒先に咲いた花やウォールアートなど、元フランス領のプドゥチェリーのように異国情緒が漂うあまりインドらしくない街並みです。
住宅街のフォンテインハス地区には、Air B&Bもそれなりにあるのでゆっくりとゴア滞在したい方におすすめのエリアです。
ミラマー・ビーチでゴアの夕日を拝む
”インド屈指のビーチリゾート” として知られるゴアにはビーチが点在し、インド洋に沈む夕日が綺麗に見えることでも有名です。
海岸線は全長約100kmに及び、北ゴア(North Goa)にはパーティー好きの賑やかなビーチが、南ゴア(South Goa)には落ち着いた高級リゾートが集まります。
ビーチに関して特にこだわりがなければ、パナジを周回する路線バスで訪れることができるアクセス抜群のミラマー・ビーチがおすすめです。


夕方になるとサンセット目当てにどこからともなく人が集まってくるミラマー・ビーチ。
まるで ”元気玉” のように人々の頭上に輝く黄金色の太陽は、時間が経つにつれて真ん丸のオレンジ色へと姿を変えていきます。
そんなサンセットを背景に浮かび上がるのは、家族連れやカップル、そして彼らを目当てに商売をする物売りたち。騒々しさと静かに沈む夕日が融合したなんともインドらしいサンセット。
「ゴアの夕日は確かに美しい」
インドを訪れるならば、ぜひとも見たいゴアの夕日、Done ✔︎

Villa Cleto Guest House(宿泊先)
↓ 徒歩(数分)
Neugi Nagar B
↓ 路線バス(約20分)
Miramar Beach Circle A
↓ 徒歩すぐ
ミラマー・ビーチ
インドのカレー
インド旅を始めて1ヶ月以上。各地でインド料理を楽しむと同時に、今まで持っていたイメージとの大きなギャップにも気付かされました。
例えば、私たち日本人の頭に真っ先に浮かぶインドカレーはバターチキンですが、これは北インドのもの。国土の広いインドでは、北と南で気候も食文化も大きく異なり、寒い北インドではこってりしたカレーが、暑い南インドではさっぱりしたカレーが食べられているのです。
また、カレーに添えるパン=ナンのイメージですが、実はそんなこともありません。ナンはレストランで食べる贅沢品で、より一般的なものはチャパティ。ただ、それも北インドの文化で、南インドでは米を食べるし、日本ではあまり馴染みのないカレーのお供も存在します。
インド人は毎日のようにカレーを食べており、カレーばかりで飽きないの?という素朴な疑問が湧きますが、彼らからすればそんなことはないのだそう。
一口にカレーと言えども、肉、魚、野菜などと具材が異なり、さらに加えるスパイスも異なれば全く違う料理として認識されます。インドには300種類以上ものスパイスがありますが、ほぼ全ての料理にスパイスを加え、インド人にはその違いが明確にわかるというのです。
実は、そもそもインドにカレーという料理はなく、一説によると「ターカリー(香りのある美味しいもの)」という言葉を外国人が勘違いしてスパイス入りのインド料理をカレーと呼んだことが始まりだとか。
こうして考えると、私たちがインド料理を ”カレー” と呼ぶことは、醤油ベースで作られる様々な日本食をひとまとめに ”和風” と呼ぶようなものなのかもしれません。
北インドのカレー
北インド(デリー、パンジャーブ、ラージャスターンなど)のカレーは?
→牛乳や生クリームなどを使用したクリーミーで油分が多いのが特徴
代表料理:
バターチキン
パラックパニール(ほうれん草とチーズのカレー)
ダール・マッカーニ(バター黒レンズ豆カレー)
メイン食材:
ギー(バターオイル)
乳製品(牛乳、生クリーム、バター)
カシューナッツ
スパイス:
クミン、カルダモン、ターメリック、
ガラムマサラ(ミックススパイス)
主食:
チャパティ、パラーター、ナン、クルチャ


南インドのカレー
南インド(タミル・ナードゥ、ケララ、カルナータカなど)のカレーは?
→酸味がありスパイシーでさらっとしたスープ状なのが特徴
代表料理:
サンバル(豆と野菜のスープカレー)
ラッサム(胡椒の効いた酸味スープ)
ケララフィッシュカレー
メイン食材:
ココナッツミルク・ココナッツオイル
タマリンド(酸味のあるフルーツ)
レンズ豆・野菜・魚
スパイス:
マスタードシード、レッドペッパー、カレーリーフ
主食/軽食:
米、イドゥリ、ウタパム、ワダ、ドーサ



ターリー/ミールス
ターリーとは大皿を意味し、カレー、米、ロティ(パン)、ピクルスなどを組み合わせて一つの皿で提供する定食のようなもの。南インドではミールスと呼び、バナナの葉に盛り付けられることもあります。
様々な料理を組み合わせるのは、5,000年の歴史を持つインド・スリランカ発祥の伝統医療「アーユルヴェーダ」の6つの味覚(甘味・酸味・塩味・辛味・苦味・渋味)に基づいており、それらを多様な食材で一度に摂ることで栄養バランスが整うと考えられています。

ビリヤニ
カレーの括りではないですが、日本でも知られているインド料理のひとつであるビリヤニ。
ビリヤニは、米(バスマティライス)と具材(チキンやマトン、野菜や魚介類など)をスパイスを効かせて調理した炊き込みご飯のようなもの。調理に手間や技術が必要なこともあり、結婚式などに食べるご馳走のイメージがあります。
中東にルーツがあるビリヤニがインドに伝わったのはイスラム国家のムガル帝国時代で、この時期に宮廷料理としてビリヤニの調理法の基礎が完成しました。そのため、北インドか南インドかと言うよりは、イスラム教徒の多い地域で食べられるムスリム料理的な存在です。

【移動】ゴア → アウランガーバード
ゴア(Goa)
Villa Cleto Guest House(宿泊先)
↓ タクシー(約30分/R1,200)
14:00発
ゴア・ダボリム国際空港(GOI)
↓ IndiGo(2時間)
・運賃:Rs5,100
アウランガーバード(Aurangabad)
16:15着
アウランガーバード空港(IXU)
↓ タクシー(約10分/R500)
A Square Executive(宿泊先)
NOTE
・飛行機は「Skyscanner」にて予約
・宿泊先は「Booking.com」にて予約
アウランガーバードの気候は?
<今回の旅(2025年3月)時点では...>
1年で最も気温が高い猛暑!湿度は低くジメジメしていないのがせめてもの救いですが観光には向かない時期。
<3月のアウランガーバード>
平均最高気温:35℃
平均最低気温:20℃
降水量:約5mm
<3月の東京>
平均最高気温:13℃
平均最低気温:6℃
降水量:約100mm
アウランガーバード
マハラシュトラ州(Maharashtra)に位置するアウランガーバードは、ムガル帝国第6代皇帝「アウラングゼーブ」が自らの名前を付けた町。
世界遺産「アジャンター石窟群」や「エローラ石窟群」の観光拠点となる町で、アウランガーバード自体はそれなりに栄えてはいるものの、特筆すべきものはあまりないのが正直なところ。
ただ、町中の信号機は驚くほどスタイリッシュ。最も洗練されていると感じたバンガロールにすらない、初めて見るスタイルの信号機が見られます。
そんなアウランガーバードには観光客にも割と使い勝手の良い路線バスが走っており、Uberでタクシーやトゥクトゥクも利用可能。ただ、空港近辺でUberはあまり利用できないようなので、料金交渉の上でタクシーに乗りましょう。

ビービー・カ・マクバラー(Mini Taj)

1660年代、ムガル帝国第6代皇帝「アウラングゼーブ」の妻「ディルラース・バーヌー・ベーグム」のために、息子「アーザム・シャー」が建設した霊廟。
シンメトリーのモスクとミナレット(塔)、入口の楼門や水路など、その構造が世界遺産「タージ・マハル」に似ていることから ”Mini Taj” と呼ばれています。
ただ、大理石は一部に使用されているのみで漆喰も多く見られるため、総大理石で仕上げられたタージ・マハルに比べると輝きは雲泥の差。
ちなみにタージ・マハルは、アウラングゼーブの父であるムガル帝国第5代皇帝「シャー・ジャハーン」が妻「ムムターズ・マハル」のために建設したもので、アウラングゼーブにとっての母にあたります。


モスク内部に入り、下階を覗き込むと見えるのは、墓石とその周辺に落ちている大量のコインや紙幣。まるでお賽銭のようにお金が投げ込まれているのです。
実は、大理石を最小限に留めて漆喰を多用していることから ”貧乏人のタージ” とも呼ばれるMini Taji。
建設に資金を投入できなかった理由は「タージ・マハルに膨大な費用をかけ過ぎて、国の財政が傾いてしまったから」だそうで、そんな経緯もあってか金が投げ込まれるようになったのではと言われています。
入場料(2025年3月)
Rs300(cash)
ダウラターバード要塞
ダウラターバードと呼ばれる町は、アウランガーバードのバスターミナルからエローラ行きの路線バスに乗って約30分。そこには、13〜17世紀にかけて重要な軍事拠点として使用された ”中世インド最強の要塞” があります。
ダウラターバード要塞は、12世紀初頭にヒンドゥー王朝の「ヤーダヴァ朝」の都城として築かれたもの。ダウラターバード=繁栄の町を意味し、1327年にデリー・スルターン朝の「トゥグルク朝」が首都をデリーから遷す際に、旧名のデヴァギリから改名しました。
1636年には、タージ・マハルを建設したムガル帝国第5代皇帝「シャー・ジャハーン」が、当時ダウラターバードを支配していたイスラム王朝の「アフマドナガル王国」を滅ぼし、息子の「アウラングゼーブ」をデカン地方(Deccan)の総督に任命しました。
1644年にその地位を解任されたものの、1652年に再任されてデカン地方に戻ったアウラングゼーブは、当時の呼び名であったファテーナガルを アウランガーバード=アウラングの町と改名し、自身の拠点地としました。

王朝が変わる度に拡張された要塞の総面積は約63ヘクタール(東京ドーム約13個に相当)に及び、敷地は3重の城壁で囲まれています。
要塞は高さ200mの円錐状の丘に築かれており、緩やかな丘の斜面を削り取ってできた断崖と深い水堀には鉄製の吊り橋が架かっています。当時は幅の狭い革製の吊り橋が架けられており、それを巻き上げることで攻城軍の侵入を防ぎました。
頂上へ続く道には700段以上の階段と上り坂が待ち受けており、また、途中で迷路のような暗い通路も通り抜けるため、いまだかつて突破できた攻城軍はおらず、まさに難攻不落の要塞。

頂上への道すがらに見られるのは、現地の言葉(マラーティー語)で雄羊を意味する「メンドハ・トプ」と呼ばれる巨大な鉄製の大砲。
ムガル帝国時代に配置されたもので、断崖や迷路の構造に加えて大砲を配置することで、防御力がさらに強化されました。
また、写真の奥に写るオレンジの塔は「チャーンド・ミナール」と呼ばれ、15世紀半ばに建設されたもの。高さ30mの4階建てで、建設当時はタイルと彫刻で覆われて光り輝く塔だったと伝えられています。


要塞であるため当然ながら頂上からの見晴らしは抜群。700段以上登ってきた疲れも吹き飛ぶ絶景で、天気が良ければダウラターバードを越えてアウランガーバード辺りの遠くの町も一望できます。
写真を撮りながらゆっくりと登っても1時間弱。ただし、日陰はあまりないので、日差しの照りつける真夏の昼間は避けることをおすすめします。
入場料(2025年3月)
Rs300(cash)
A Square Executive(宿泊先)
↓ 徒歩(10分)
Central Bus Stand
↓ 路線バス(約30分/Rs35)
Daulatabad Bus Stop
↓ 徒歩すぐ
ダウラターバード要塞
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